#1657 『Fucm Hawj / Steeple』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
Bandcamp https://chrispitsiokos.bandcamp.com/album/steeple
Webb Crawford: guitar
Joanna Mattrey: viola
Aliya Ultan: cello
Henry Fraser: bass
1. Spire
2. Lantern
All music composed by Chris Pitsiokos
Recorded by Lily Wen at Figure Eight Recording in Brooklyn, NY
Mixed and mastered by Ryan Power
Photo by Chris Pitsiokos
自覚的音楽家の自作他演は自然の摂理。
Fucm Hawj フクム・ホージと読むのだろうか? 何語かわからない謎のユニット、実は4人のメンバーのイニシャルを並べただけだと気付いたのも束の間、音を聴いて更なる謎が沸き起こって来た。現代音楽?室内即興曲?アンビエント? 一切の説明を拒む冷徹な音響は、確かにアカデミックなコンテンポラリー・クラシカルの体を成しているように感じる。しかしベースの起伏に富んだムーヴメントにファンクの片鱗を聴き、ギターはもちろんヴィオラとチェロの歪みかけたグリッサンドの軋轢が高踏的な音像に皹を入れ、綻びから異端音楽の香りが流れ出す。しかめ面したシリアス・ミュージックの皮を被って秘密裏に下克上を企てる藝術パルチザンの陰謀だろうか。仕掛人はNY即興シーンの若手アルト・サクソフォン奏者であり、オーネット・コールマンのハーモロディクス理論を発展させた現代フリーファンクの代表グループCP Unit(ニュー・アルバムを2月1日にリリース予定)を率いるクリス・ピッツィオコスである。
実は2019年、筆者はいわゆるジャズ的な即興音楽よりも現代音楽/コンテンポラリー・クラシカル作品を熱心に聴いていた。その理由は、即興ジャズに於ける音楽の解体が限界まで進んだ結果、プレイヤーの技量や才能や個性に頼るしかなくなったノンイディオマティック(非慣習的)な演奏が、少し聴けば先行きが読めるほど慣習的に聴こえてしまい、新鮮味を感じなくなったためである。筆者の飽きやすい性格や感性の鈍化や表層的な聴取態度のせいだと信じたいが、果たしてどうだろう。
そんなときに現代即興ジャズの期待の星クリス・ピッツィオコスがこのような作品を制作したことは、筆者にとってシンクロニシティと感じられる。もちろんこれまでもオーネット・コールマンの『Skies of America(アメリカの空)』(71)をはじめジャズ・ミュージシャンが作曲を手がけた管弦楽や室内楽の作品は数多くある。ピッツィオコスが敬愛するアンソニー・ブラクストンなどはその最たる例である。もちろん彼らからの影響があるとは言え、ピッツィオコスはオーネットやブラクストンに倣った訳ではない。
ピッツィオコスによると、自分がパフォーマーとして関与せずに自らの作品が演じられるのを観たいと思いはじめたのが動機で、2018年からオルガン曲、弦楽アンサンブル(本作)、管楽器五重奏曲の作品を書いたと言う。Fucm Hawjのリハーサルでは彼自身がすべての指揮監督をしたが、それでもなおアンサンブルに独立性と解釈力が与えられた。
アルバム・タイトルの『Steeple』とは教会などの尖塔/高い塔のこと。ピッツィオコスが4人の演奏家に託して築き上げたのは、白い巨塔ならぬ弦楽/衒学の尖塔である。収録された2曲「Spire(尖塔)」「Lantern(頂塔)」どちらもクリス・ピッツィオコスが作曲したスコアを基にした演奏である。ジャズ的な即興イディオムは殆どなく、クラシック音楽に於ける即興曲に似たコンセプチュアルなノンイディオマティック演奏が収められている。
彼にとって本作は現代音楽への挑戦なのだろうか?答えは否。「これがコンテンポラリー作品であるかどうかは、重要な結論ではありません。人々は弦楽を聴くと現代音楽か何かだと考え、サックスとドラムがあると違うものと考えるでしょう。確かに自分が参加しないグループの作品に集中していたのは事実ですし、チャンスでもありました。僕にとっては、すべてが音楽、それだけです。ジャンルやスタイルについて考えることには興味がありません。僕の音楽の演奏はすべて同じ力が働いています。異なるのは基本的に楽器編成だけです」と語る。
ピッツィオコス自身のbandcampでデジタルリリースされた本アルバムが売れれば、次の作曲プロジェクトのリハーサルやレコーディングが可能になる。優れた演奏家であると共に将来が期待される作曲家でもあるピッツィオコスの才能を世に広めるためにも、ひとりでも多くの人に支援していただけることを願いたい。(2020年1月2日記)