#1985 『松本ちはや / Liddell two Apple Kuchen』
Text by 齊藤聡 Akira Saito
Chihaya Matsumoto 松本ちはや (perc)
1. Grow
2. Up
3. And
4. Overlook
5. The Forest
Music by Chihaya Matsumoto
Recorded by Kengo Nishimoto
Mixed and Mastered by Kengo Nishimoto
Photo and Jacket design by Tom Yossi
Hair and Make by Hatsumi Naraoka (Difference Engine)
ハイレゾ音源 https://www.nativedsd.com/albums/VVDHR006-lidell-2
動画ノーカット完全版
https://chibaminato.jp/goods.php?id=21&fbclid=IwAR0NmE0oKM75KzPeyWWPvKRa6wNuwO5vxVuUb27-1Tfh2yKeqziIT_LSXJc
通常版音源
https://www.chihaya147.com/music
https://chihaya147.bandcamp.com/album/liddell-two-apple-kuchen
松本ちはやのことを単にパーカッショニストと呼ぶときには違和感がついて回る。なにしろ、叩くもの、擦るもの、共鳴させるもの、振り回すものが極めて多彩であり、自身で粘土を焼いて楽器を作ったりもする。ともすればスピードとパワーを兼ね備えた強靭な身体を想像しがちになるが、本人はむしろ華奢だ。繊細なだけではなく、多数の楽器から驚くほど力強く音を引き出し続けるのだから、観るたびに驚かされてしまう。しかも、チンドン屋として太鼓を叩きながら、古くからの商店街を賑々しく宣伝して歩いたりもする。カテゴリーに普通に当てはまる人ではない。
本作はパーカッションの完全ソロであり、『Liddell one Pishsalver』(2018年録音)に続く第二弾だ。前作では多様な音を出し、「楽器の演奏」という雰囲気が感じられた。それに比べると、本作は楽器固有の音に身をゆだねているように聴こえる。今般、ハイレゾ音源やノーカット動画のダウンロード配信が開始され、さらに生々しい響きを体感することができるようになった。
冒頭の「Grow」における小さな木琴と鐘の音。耳をそばだてるということは、楽器からの音波そのものだけでなく、時間や空間を意識することであり、顕在化していない部分を想像することだ。始まってしまったサウンドには、自律性を増し時空間を自ら作り出してゆくところがある。聴きながらファンタジックなこびとの姿を想像したのだが、それは偶然のことではなかった。アルバム名は林檎のケーキ、コンセプトは食べると大きくなる不思議なケーキなのである。
そう考えなおしてみると、2曲目の「Up」においてマリンバや木の実のチャフチャスなど不思議な楽器を使い、しっとりと濡れた洞窟の中にいるように、音の響きが視えない深さへと移り変わってゆくのは、可視・可聴領域が変わってゆくプロセスだと思えなくもない。続く「And」はちょっとした遊びの時間。何か他の音が聴こえる気がするが、それもまた残響がまとう気配のゆえである。
4曲目の「Overlook」において響く音波はいくつかの太鼓から放たれている。振動するマテリアルが広くなり、そのことが耳を規模認識のダイナミックな変化の中に置かせている。銅鑼とシンバルによる連続的な響きの重なりにも惹かれる。そして最後にふたたびマリンバの柔らかな和音を使い、広い世界に取り残されたかのような静かさで締めくくられる。「The Forest」とは、少し湿っていて開かれた空間か。
このアルバムを聴いていると、音への意識のヴェクトルがいつの間にか逆になって、音のほうが自分を視ているような錯覚を抱く。だがそれは、自分自身がかつて認知の規模を知らず知らず変化させていった記憶に向けられたものかもしれない。
(文中敬称略)