#1991 『SYNAPSE / Até Quem Sabe』
『シナプス:加藤崇之 & さがゆき/Ate Quem Sabe (また会いましょう) 』
text by Keita Konda 根田恵多
地底レコード – B93F
SYNAPSE:
加藤崇之 – guitar, vocal
さがゆき – vocal
01. As praias desertas (Antônio Carlos Jobim)
02. A paz (João Donato)
03. Esatate (Bruno Martino)
04. O Cantador (Dori Caymmi e Nelson Motta)
05. Fascinação (Fermo Dante Marchetti)
06. Feitio de Oração (Noel Rosa)
07. Água e Vinho (Egberto Gismonti)
08. Pra Machucar Meu Coração (Stan Getz)
09. Pra Dizer Adeus (Edu Lobo)
10. Até Quem Sabe (João Donato)
11. Sem Você (Antônio Carlos Jobim)
Produced by 加藤崇之&さがゆき
Coproduced by 吉田光利 (地底レコード)
Recorded, mixed & mastered by 寺部孝規
Recorded at Yellow Vision, December 10, 2019 and Sweet Rain, March 20, 2020
加藤崇之とさがゆきの出会いは、約30年前に遡るという。以来、数々の共演を重ねてきた2人のユニットがSYNAPSEである。このユニットの最大の特徴は、その音楽的な幅の広さだ。
さがは、自らの音楽活動について「スィングジャズから現代音楽、プログレシブロック、ブラジル音楽、インプロ、ファド、昭和歌謡…etc.を自分の世界にまで深めて歌うそのジャンルの垣根の無い自在で多岐」にわたると記している。加藤もまた「米軍キャンプでのディスコバンド・ブラジル人とのサンババンドの経験など幅広い活動」を行ってきたミュージシャンである。
加藤は、多くのミュージシャンとの共演を重ねるうちに、「次第に、必然的に演奏スタイルがフリーに向か」ったと自ら記しているが、SYNAPSEもきわめて「フリー」なユニットであり、2003年にTBMからリリースされたデビュー盤は、新宿ピットインでの即興演奏のライブ録音であった。この盤の帯でSYNAPSEは「インプロの世界に全く新しい地平を切り開く完全即興ユニット」と紹介されている。
SYNAPSEの「フリー」は、即興演奏のみに留まるものではなかった。その後、地底レコードから、加藤の師でもある潮先郁男とSYNAPSEの共演盤を2枚リリースしている。
これらの作品では、「Crazy He Calls Me」「Angel Eyes」「Embraceable You」などが取り上げられ、SYNAPSEはストレートにジャズを演奏している。10代からジャズシンガーとして舞台に立ち中村八大にその才を認められたさがと、高校時代にジャズギターの大御所である潮崎に師事した加藤は、キャリアの出発点がジャズという点において共通しているのだった。
さて、そんなSYNAPSEの最新作が本作である。驚くほどにストレートなボサノヴァ集だ。ジョビンやドナートの名曲をどこまでも真っ直ぐに、淡々と演奏している。
アルバム冒頭に置かれた「As praias desertas」から、2人の持つ音色の美しさに心を掴まれる。多分に息を含んださがのヴォーカルは、軽やかでありながら、決して薄っぺらいものではない。確かな存在感を保ちながら、川のせせらぎのようにさらさらと流れていく。そんなさがの声に寄り添う加藤のギターもまた、確固たる美意識に基づいたものであるように感じられる。『PEPETAN』や『森の声』といった加藤の傑作ソロにも収められていた、どこまでも美しい擦れや軋みをじっくりと堪能することができる。アルバムタイトル曲である「Até Quem Sabe」で少しだけ聴くことのできる加藤のヴォーカルにも聴き入ってしまう。
本作がボサノヴァ集になったのは、co-producerとしてクレジットされている地底レコードの吉田光利の発案のようだ。地底レコードのブログに、「この2人はインプロやらジャズやら歌ものも様々だが、ボサノバを選んでみて正解だった。地底レコードは、インプロものもリリースしてるが、それ専門のレーベルでは無いのでボサノバにしてくれと言ったら。見事な美しいアルバムに仕上がった!」とある。筆者もこの選択は「正解」であったと思う。SYNAPSEの多様な音楽を1枚のアルバムに詰め込み、即興~ジャズ~ボサノヴァを同居させることも可能ではあっただろう。しかし、ボサノヴァ1本に絞り、しかも直球勝負でボサノヴァに挑んだことによって、結果として聴き飽きない作品に仕上がっているように思う。
幅広い音楽性を持ったSYNAPSEは、次に何を聴かせてくれるのか。本作を繰り返し聴きながら、次作にも大いに期待している。