#1997『Futari : 藤井郷子+齊藤易子/ Beyond』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Libra 202-061
FUTARI
Taiko Saito 齊藤易子 (vib)
Satoko Fujii 藤井郷子 (p)
1. Molecular
2. Proliferation
3. Todokanai Tegami
4. Beyond
5. On The Road
6. Mizube
7. Ame No Ato
8. Mobius Loop
9. Spectrum
ピアノとヴァイブとのデュオについて評するとき、いまだ、チック・コリアとゲイリー・バートンによる『Crystal Silence』(ECM、1972年録音)が引き合いに出されることが少なくない。確かに古典的傑作だが、もはや半世紀前の作品である。時代のことを置いておいても、2枚は同じフォーマットのジャズとは思えないほど異なっている。本盤は、ジャズのイディオムによる名人技の華麗な応酬などではないのだ。おもしろいことに、齊藤易子とやはりピアノのニコ・マインホルドのデュオ『Koko』(Pirouet、2005年録音)とも性質を異にしている。
本盤を異色作たらしめているものはなにか。たしかにジャズ的なグルーヴを得て共に走る時間もなくはない(「Ame No Ato」や「Mobius Loop」)。物語のように展開する時間もある(「Todokanai Tegami」や「Mizube」)。聴き手はそこに敢えて快哉を叫ぶわけではないだろう。音が創出されるとき、音の振動が維持されているとき、音が減衰して消えてゆくとき、それらのグラデーションのありように異様なほどのエネルギーが注ぎ込まれている。
明らかにヴァイブから発せられる金属的なうなりや擦音がある。もちろんピアノの鍵盤や内部の弦を鳴らしていると思える音もある。軋みのように、ふたりのどちらが鳴らしたのかわからない音もある。わかるにせよわからないにせよ、出された音はふたりの共犯によるものであり、それを踏まえて次のアクションが即応される。
鳴っているか鳴っていないか、聴こえるか聴こえないか。ふたりのプレイヤーは何かをしているのか、それとも手を放して待っているのか。聴き手はその境界に意識を集中させられ、実に微細な変化や揺らぎにさえ悦楽を覚えることとなる。境界は音だけの遷移領域ではなく、意識が生まれては消える領域でもある。本盤を聴くことは、その境界領域に身を置く追体験をするということである。
(文中敬称略)