#2013 『廣木光一+吉野弘志/Alvorada』
Text and photo by Akira Saito 齊藤聡
BIYUYA-010(配信アルバム)
https://www.hirokimusic.tokyo/alvorada
Koichi Hiroki 廣木光一 (g)
Hiroshi Yoshino 吉野弘志 (b)
1. Alvorada/夜明け (Cartola)
2. Alfonsina Y El Mar/アルフォンシーナと海 (Ariel Ramirez)
3. O Que Será/ウ・キ・セラ (Chico Buarque)
4. Luiza/ルイーザ (Antônio Carlos Jobim)
5. O Boto/ウ・ボト (Antônio Carlos Jobim)
6. Orange Was The Color Of Her Dress/オレンジ色のドレス (Charles Mingus)
7. Solidão Do Baixista/ベーシストの孤独 (HIROKI Koichi)
8. Samba De Orly/オルリー空港のサンバ (Chico Buarque)
録音
1.2.4.7.8: 2015.7.12/Tokyo
3.5: 2015.12.18/Hiroshima
6: 2015.12.12/Tokyo
アルバムに収録された8曲のうち5曲がブラジルのカルトーラ、シコ・ブアルキ、アントニオ・カルロス・ジョビン、1曲がアルゼンチンのアリエル・ラミレス、そしてチャールズ・ミンガスにオリジナル。だからといって南米音楽のアルバムだという感じがしないのは、筆者も廣木光一のライヴにときどき足を運んでいるからだろう。そして吉野弘志もライヴではアジアやアフリカの民謡を好んで演奏している。アメリカや日本のジャズと他の地域に根差した音楽とが、実に自然にかれらの音楽世界のもとで共存していると言うことができる。
サンバのカルトーラは65歳にして初アルバムを吹き込んでおり、それにも収録された「Alvorada」(夜明け)は力がほどよく抜けた名曲だ(廣木、吉野のふたりともほぼ同じ年齢となっている)。本盤の演奏もまた気持ちよく脱力し、一方がソロを取っているときに他方はそれを雲のように包み込んでいる。
シコ・ブアルキの声には残り香があり、本盤に収録された2曲のブアルキ本人による録音を聴くと、愉しさと哀しさとが感じられる。そしてここでの「O Que Será」(どうなるの)にはギターによる気持ちの昂りがある。また「Samba De Orly」(オルリー空港のサンバ)はサンバとは言え、賑々しく騒ぐのではなく、静かであたたかく、含み笑いをしているような趣がある。
あまりにも有名なアントニオ・カルロス・ジョビンもまた不思議な声の持ち主だ。「Luiza」の晩年のピアノ弾き語り(『Antonio Carolos Jobim & Friends』、1993年録音)を聴くと、思いをかみしめるようにして抑える声、そして娘のルイーザに呼びかけるとき上がる音にグッとくる。一方、本盤での演奏は、ギターのかすかな軋みや、ベースソロにつなげる直前に重ねる和音に、形は違っても同じような思いが静かに溢れる。(最近のライヴでは、この絶妙な和音がベースソロのあとに挿入され、変化してゆく曲のありようを垣間見ることができた。)
また「O Boto」は同じ音を連ねつつ変化を付けてゆくジョビンらしい曲であり、それがなぜかドラマチックでもある。ここでは吉野の弓弾きが予兆のように聴こえ、また廣木のギターはピッチをずらして少しずつ狂ってゆく。しかも、静かに。
アリエル・ラミレスのフォルクローレ曲「Alfonsina Y El Mar」(アルフォンシーナと海)は、同じアルゼンチンのメルセデス・ソーサによる情の深い声が印象的である。だが声と言うならば吉野のそれも大きな存在感を持っている。奇妙なことだが、吉野のコントラバスの音域はとても幅広く、周波数のプロファイルは裾野の広い山を描いており、本人の話す声ととても似ている。楽器は持ち主の肉声に近づいてゆくものなのかもしれない。廣木が吉野に捧げたオリジナル「ベーシストの孤独」における吉野の音もまた高音から低音までの領域でやわらかく震える。
「Orange Was the Color of Her Dress」(オレンジ色のドレス)では、ときにギターが単音や和音で鋭角に出てきて、味わいのあるコントラバスとともに、ミンガスの曲さえも廣木・吉野色にしてしまう。このありようは静かに過激でもある。
廣木はかつて「そして更に更に圧倒的な音楽を目指す」と書いた(『Tango Improvisado』ライナーノーツ、1995年録音)。それはこれ見よがしでない形で、静かにそこに存在している。
(文中敬称略)