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CD/DVD DisksNo. 270

#2017 『Maria Schneider Orchestra / Data Lords』
『マリア・シュナイダー・オーケストラ/データ・ロード』

text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

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The Digital World
1. A World Lost
2. Don’t Be Evil
3. CQ CQ is Anybody There  ?
4. Sputnik
5. Data Lords

Our Natural World
1 Sanzenin
2 Stone Song
3 Look Up
4 Braided Together
5 Bluebird
6 The Sun Waited For Me

<Reeds> スティーヴ・ウィルソン、デイヴ・ピエトロ、リッチ・ペリー、ドニー・マッカスリン、スコット・ロビンソン
<Trumpets>トニー・カドレック、グレッグ・ギスバート、ナジェ・ノルドフイス、マイク・ロドリゲス
<Trombones>キース・オックイン、ライアン・ケバール、マーシャル・ギルクス、ジョージ・フリン
<Accodion>ゲイリー・ヴェルセイス
<Guitar>ベン・モンダー
<Piano>フランク・キンブロー
<Bass>ジェイ・アンダーソン
<Drums>ジョナサン・ブレイク

Producer : Brian Camelio, Maria Schneider, Ryan Truesdell
Recorded at Oktaven Audio, Mount Vernon, NY, August 30–September 2, 2019
Engineer : Brian  Montgomery assisted by Charles Mueller & Edwin Huet
Trumpet electronics programming on “CQ CQ, Is Anybody There ?” by Michele Lensen


アメリカの芸術科学アカデミーにも選出され、その前年(2019)にはジャズ界の最上の栄誉であるNEAジャズ・マスターにすでに選出されるなど、ジャズ界の注目を一身に集めつつあるドイツ系アメリカ人の女流作編曲家で、いまや世界を代表する屈指のコンポーザーとなったマリア・シュナイダーが、米国での高い評価とグラミー賞受賞という栄誉に応える形で、性格と傾向のまったく異なる2種のオーケストラ演奏を並べた異色のアルバムを発表した。『Data Lords』と名付けられた本作品は、いわばグラミー賞受賞作曲家の新作にスポットを当てた、形としてはダブル・アルバムとなっている。それだけに相当な覚悟と身の入れようを決心した上でアプローチしないと、単なる辛辣評価などはおこがましいと非難を浴びることになりかねない。
とはいえ、この2枚組に収録された各作品を丹念に試聴した上で論評するのが厄介極まりないのも事実。『Our Natural World』と銘打った後半の演奏には、「三千院」、庭園の小さな石が幾世紀にもわたって転がり続けた歴史的な光を多くのスペースを使って表現した「石の歌」など、日本の古き歴史を訪ね、インスピレーションを得たマリア・シュナイダーによる後半の『Our Natural World』を探索論評するにはこの倍以上のスペースを必要とすると分かって両演奏を均等に論評するという文章を書く上での欲をここではあえて捨てることにした。もっとも、1枚目の『The Digital World』の場合でも、資料に書かれている<デジタルと自然の世界の間の相反する関係に触発されて>、選抜された18名からなる各ミュージシャンをコントロールし、彼らを各楽曲でフィーチュアするシュナイダーの喜びが、どちらの演奏楽曲からもひしひしと伝わってきたのも嘘偽りない事実だ。とはいうものの、この5曲は相当に手強い。シュナイダーの発言をそのまま借りてまとめることにすれば、<デジタルの世界と現実の世界の間でピンポンをしているように、同じ二項対立が私の音楽にも現れています。ここ数年の私の創作活動を真に表現するために、この2つの両極端を反映した2枚組のアルバムをリリースするのは自然なこと>(資料より)。同時に<データに飢えたデジタル世界が私たちの生活に与えた大きな影響は誰も否定できません>(同)ということになる。
とはいうものの、『The Digital World』と2枚目の『Our Natural World』という二つの表現形態が相互に無関係であるはずはなく、シュナイダー自身がみずから語るように、人工知能が人間の知能を超えようとしているさなかで、それらをすべて無視し、自然と人間、静寂、詩などの芸術などとの出会いなどから生まれる地球と宇宙(空)へのさまざまなインスピレーションへの愛惜をほとばしらせること。それが二つの相対立する世界を描くアーティストの使命だと彼女は考えているのかもしれない。もしアーティストの表現する世界に、そうした愛おしさを見いだすことができなければ、芸術作品の芸術作品たる真の価値はどこにも見出せないままで終わってしまいかねない。
この話は一朝一夕には終わらない。なぜなら、ここでの『The Digital World』、『Our Natural World 』が互いに無関係のまま自身を閉じているのでは無論なく、シュナイダー自身が両世界との関係を明確に認識した上で、自身の作曲技法を展開しているからだ。ただ、私に心地よく受け入れられる音や世界が『The Digital World』の方にはるかに沢山あったということに尽きるのかもしれない。いづれにしても、ArtistShare(世界初のクラウドファンディング・インターネット・プラットフォーム)における第5作という本ダブル・アルバムは、本年早々に全米記録簿に登録された前作『The Thompson Fields』の大いなる評価をさらに上回る可能性を秘めた意欲作であることは恐らくは間違いなく、とりわけオーケストレイターとしてのマリア・シュナイダーの評価を決定的なものにするダブル・アルバムとなることを私は早くも確信している。
各演奏や楽曲に触れるスペースはついになくなった。それにしても、シュナイダーのブラス・アンサンブルは少なくとも本作品を聴くかぎり一頭地を抜いている。それはとりわけ①の「A World Lost」の後半を飾る(2017年のニューポート・ジャズ祭で喝采を博す)演奏、とりわけリッチ・ペリーのテナーソロ、あるいは②「Don’t Be Evil」での2種のブラス・アンサンブル(特に高度な緊張感を湛えた後半の演奏)は、④「 Sputnik 」における高度なアンサンブル書法、及び秀逸なデイヴ・ピエトロのエモーショナルなアルトソロとともに、後半の演奏のクライマックスを飾るブラス・アンサンブルによるリズミックな対処法(それは賞賛に値する鮮やかさ以外の何物でもない)など、まさに聴くたびに感嘆させられるマリア・シュナイダーの書法と、世界を代表する演奏者を集めて記録したオーケストラ・アルバムではあった。(2020年9月9日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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