#2060 『坂田尚子 / Dancing Spirits』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Pomperipossa Records
坂田尚子 Naoko Sakata (p)
1. Improvisation 1
2. Improvisation 2
3. Improvisation 3
4. Improvisation 4
5. Improvisation 5
6. Improvisation 6
7. Improvisation 7
ピアノは楽器全体での響きを特性として活かすことができる楽器であり、多くのピアニストがそのおもしろさを活かしてきた。本盤は、さらに、スウェーデンの教会における大きな響きを友としたピアノソロ演奏である。手探りするかのような演奏ではじまり、流麗に提示される複雑な和音の響きを聴く者は、それが想像させる感情の振れ幅の大きさによって、この旅に期待と不安とを抱くだろう。
残響はその時間にとどまろうとする力と先の時間に進もうとして背中を押す力とをもつ。2曲目のそれは後者であり、響きがあることによって前後の時間に生まれた音が同じ時間に重なり、それらの複数の物語が並行することによって、視線が先へ先へと向いてゆく。
だとすれば、2曲目が速度を保ったまま終わったあとの3曲目は、残響によって重力を生みだし、動かない室内空間において内省的な音世界を創出したものだとは言えまいか。和音の美しさもその文脈ゆえに際立っている。
もっとも、本盤のピアノ表現はそのような単純な見立てで語るようなものではない。低音でのドライヴを活かすありようが英国のキース・ティペットをも想起させる4曲目は、時間軸でいえばかき乱しであり、擾乱である。突然放り投げるように終えることも擾乱と言えなくもない。
続く2曲は一転して落ち着いた展開となり、このコントラストがあざやかだ。心の内からの悦びに満ちているようでもある。6曲目において抑制のリミッターを取りはずしたかのように積み重ねられる和音からは表現の力強さが伝わってくる。終盤は教会のなかに星々が散りばめられたようだ。そして最終曲に至り、この即興の旅を思い出しつつ力を緩めてゆき、嬉しさあまって両手がダンスする。
即興演奏だからといって構えることはない。結果としての物語性があり、各章での語りがとても素敵な音楽である。
(文中敬称略)