#2061 『Michael Gregory Jackson / Frequency Equilibrium Koan』
『マイケル・グレゴリー・ジャクソン / 周波数平衡公案』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
DL : Golden Records MGJ/77–#001
Michael Gregory Jackson – Electric Guitar, Acoustic Guitar, Body Percussion, Chimes, Bamboo Flutes
Julius Hemphill – Alto Saxophone
Abdul Wadud – Cello
Pheeroan aKLaff – Drums
1. Frequency Equilibrium Koan
2. Heart & Center
3. Clarity 3
4. A Meditation
Live recording The Ladies Fort, 2 Bond Street, NYC 1977
Produced by Michael Gregory Jackson
Pete Keppler Mastering
Glenn Thompson Cover Art
Michael Gregory Jackson Cover Concept and Design
All Music ©Michael Gregory Jackson
https://www.michaelgregoryjackson.com/
世界の混迷を吹き飛ばす70年代ロフトの自由なジャズ旋風
初めて買ったフリー・ジャズのレコードが何だったのか、はっきりした記憶はない。1980年高校生の頃、ポスト・パンクやプログレ経由で前衛ジャズに興味を持ち、初めて訪れたジャズ・レコード専門店でジャケ買いしたウェイン・ショーター『オディッセイ・オブ・イスカ』を家で聴いてみて「なんか違うなあ」と失望した覚えがある。それに懲りて多少勉強してから購入したのがアルバート・アイラー『スピリッツ・リジョイス』とサン・ラ&ヒズ・アーケストラ『ライヴ・アット・モントルー』だった気がする。その2枚とも大当たりで、自分のその後の音楽志向に大きな傷跡(影響)を残したことは間違いない。しかしながら、それら以上に愛着を持ったのはその次に買ったヒューマン・アーツ・アンサンブルの『アンダー・ザ・サン』だった。1981年10月16日浪人時代に吉祥寺の中古レコード店ジョージで1200円で購入したこのレコードは、トリオ・レコードから数年前にLoft Jazzシリーズの1枚として国内発売されたものだった。10数人のミュージシャンが一つのビートの上で自由奔放なプレイを繰り広げる集団即興は、鳥や動物の鳴き声が木霊する森の中を探検するようなイマジネーションあふれる夢の音楽だった。音楽の素晴らしさと共に、マイケル・スクーナによる「活況をみせるニューヨーク・ロフト・ジャズ・シーン」という解説文を読んで<REAL JAZZ=LOFT JAZZ>というイメージが当時18歳の筆者の心に刻み込まれた。商業主義に背を向けて、自主運営で真のアートを実践できる環境を作り出そうとする姿勢に、数年前にロック・シーンに革命をもたらしたパンク・ムーヴメントと同じものを感じた。文中に「ジャズの新しい波(New Wave)」と書かれていることもあり、伝説的な著名ジャズメンよりも、D.I.Yで清貧を貫くロフト・ジャズのほうが魅力的に思えた。蛇足を覚悟で言えば、トリオ・レコードのLoft Jazzシリーズが発売されたのが、セックス・ピストルズやザ・クラッシュといったパンク・バンドがアルバム・デビューした1977年という偶然の符号も今から思えば興味深い。ちなみに当時はロフト・ジャズという名称はメディアが勝手に付けたレッテルだとして多くのミュージシャンから拒絶されたが、40年以上過ぎた現在は70年代ジャズの重要な現象のひとつを表す言葉として定着しているようだ。呼び名はともかく、ニューヨークの屋根裏や地下にある小さなクラブから新しい音楽が生まれるスリルとワクワク感は、80年代初頭のノー・ウェイヴや90年代ジョン・ゾーン等のアヴァン・ジャズ、さらに21世紀のニューヨーク即興シーンへと続いている。
本作はそんなロフト・ジャズの息吹を生々しく伝える貴重なドキュメントである。主役はギタリストのマイケル・グレゴリー・ジャクソン。1953年生まれのジャクソンは20代半ばでニューヨーク・ジャズ・シーンに参入し、サックス奏者オリヴァー・レイクのグループで腕を磨いた。1977年にオリヴァー・レイクに加えて、レオ・スミス、デヴィッド・マレイというベテラン勢を迎えて1stソロ・アルバム『Clarity』をリリース。室内楽風の洗練されたアンサンブルと、清廉なアコースティック・ギターやヴォーカルを交えた作風で、ブラック・パワーの坩堝のようなロフト・ジャズとは一味違う存在感を放った。その後も前衛ジャズ一辺倒ではないフレキシブルな音楽性を持つソロ・アルバムをリリース。80年代によりポップなソウル、ファンク路線に転向したのに伴ない、“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンとの混同を避けるためにジャクソン姓を省いてマイケル・グレゴリー名義で活動し、スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーと共演したり、ナイル・ロジャーズのプロデュースでアルバムを制作したりしている。2009年のマイケル・ジャクソンの死後に再びジャクソン姓を名乗り、原点に戻ったようにアヴァンギャルドからポップに至る多彩な音楽性を展開している。ビル・フリゼール、パット・メセニー、マーク・リボー、メアリー・ハルヴァーソンなど、ジャクソンのギターに影響を受けたギタリストも多い。
1977年ソロ・デビューしたばかりの24歳のジャクソンが、ジュリアス・ヘンフィル(sax)、アブドゥル・ワドゥド(cello)、フェローン・アクラフ(ds)という錚々たるメンツと共に、ジャズシンガーのジョー・リー・ウィルソンが経営するニューヨークのヴェニュー、レディーズ・フォートに出演した際、愛用のソニー製の野外録音用カセットテープレコーダー(通称デンスケ)で録音したもの。20代前半の若手のジャクソンとアクラフが一回り以上年上のヘンフィルとお互いに何の衒いもなく奔放に演奏を繰り広げるさまは、まさに新しい音楽の創造を独力で追及するD.I.Y精神の表れといえるだろう。全曲ジャクソンの作曲だが、ギターだけが目立つことなく、全体のアンサンブルを大切にしたスタイルは、形式に捕らわれず自由なセッションを通じて音楽を磨き上げるジャズ本来の在り方を表出する。M3「Clarity 3」で聴けるジャクソンとヘンフィルのスリリングなインタープレイは、両者のベスト・プレイのひとつに数えられるだろう。またM4「A Meditation」の文字通り瞑想的でエスニックな演奏は、ヒューマン・アーツ・アンサンブルに感じたアミニズムと同じ霊性を宿している。
昨年のパンデミック以降、ジャクソンはBandcampで月1作のペースで新作をリリースしている。自粛中にホームレコーディングした新録から過去のアーカイヴまで、自らの音楽活動歴を俯瞰するレパートリーを発表してきた。ワクチン接種は遅々として進まず、まだまだコロナ禍からの復興の兆しが見えない混迷の2021年初頭に、自らの原点であるロフト・ジャズ時代の音源を掘り起こして世に問う意図は、経済的な見返りを求めることなく、自分たちが望む音楽を一途に追求した希望に満ちた日々を今こそ取り戻そう、という決意表明なのかもしれない。(2021年3月4日記)