#2069 『Chuck Johnson / The Cinder Grove』
『チャック・ジョンソン / 燃え殻の森』

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Text by 剛田武 Takeshi Goda

LP/DL : VDSQ-027

Chuck Johnson : pedal steel guitar, synthesizers, Yamaha electronic organ, treatments
with:
Sarah Davachi : piano
Marielle V. Jakobsons : violin
Hilary Lewis : violin and viola
Crystal Pascucci : cello

Side A
1. Raz-de-Marée
2. Serotiny
3. Constellation

Side B
1. Red Branch Bell
2. The Laurel

All music composed by Chuck Johnson and published by Sruti Music (ASCAP)

Recorded and mixed by Chuck Johnson at Cirrus Oxide in Oakland, California
String ensemble conducted by Jason Hoopes and recorded by The Norman Conquest at Expression in Emeryville, California
Piano recorded by Sarah Davachi in Los Angeles, California
Mastered by Bo Kondren at Calyx Mastering in Berlin, Germany
Front cover “Geschenk der Seherin” by Johannes Schebler
Layout and design by Rob Carmichael, SEEN

http://www.chuckjohnson.net/

記憶の森を目覚めさせるペダル・スチール・ギターの残響。

VDSQ(Vin Du Select Qualitite=厳選された品質のワイン)はブルースやフォークに根ざしたアコースティック・ギターのインストゥルメンタル・ソロの音楽を紹介することを目的として2009年に設立された。アナログLPを中心にこれまで30タイトルのアルバムをリリースしており、近年はアコースティック・ギターのソロだけでなく、エレクトリック・ギターや他の楽器を交えたアンサンブルへと作品の範囲を広げている。そうした拡張路線を象徴するのが、カリフォルニア州オークランド在住の作曲家/ギタリストのチャック・ジョンソン(現在52歳)である。

90年代から東海岸のノースカロライナでSpatula、Idyll Swords、Shark Quest、Pykreteといったインディロック・バンドのギタリストとして活動していたジョンソンは、その頃からブルースに影響を受けたアコースティック・ギターやペダル・スチール・ギターも演奏していた。90年代終わりにイワノヴィッチ(Ivanovich)名義で即興ギター・ソロ作品を発表している。2008年にカリフォルニアへ移り、2010年から本格的にソロ活動を開始。『A Struggle Not A Thought』(2011)、『Crows In The Basilica』(2013)、『Blood Moon Boulder』(2015)のアコースティック・ソロ三部作をリリース。その後ペダル・スチール・ギターをメインにしたサウンド作りをスタート。VDSQからの第1弾アルバム『Balsams』(2017)では、シンセサイザーも取り入れて、スタジオ編集を駆使した重層的なサウンドを展開。映画やテレビ番組のサウンドトラックを手掛けるサウンド・クリエイターとしての手腕がソロ作品に活かされた成果である。

それから3年経って完成した本作では、ペダル・スチール・ギターの可能性をさらに拡張し、ピアノやストリングスを加えることでよりイマジネーションあふれるサウンドを生み出した。VDSQがギター専門レーベルだと知っていたとしても、このレコードを聴いてギター・アルバムだと分かる人は少ないだろう。実際に筆者もVDSQのBandcampで近作をチェックしていて、このアルバムを試聴した時に、誤って別のレーベルのサイトに飛んでしまったのかとURLを再確認したほどである。一聴するとシンセサイザーによるアンビエント・ミュージックや弦楽のモダン・クラシカル作品に似ている。しかし幾重にも折り重なる艶やかなロング・トーンは紛うことなくスチール絃の振動であり、滑るような音高の変化はペダル・スチール・ギター特有の繊細なピッチの揺れを伝えている。主にカントリー・ミュージックで使われることが多いペダル・スチール・ギターは、アメリカーナ(アメリカのルーツ・ミュージック)を象徴する楽器であり、その精細な音色はアメリカ人でなくても郷愁をそそられるだろう。チャック・ジョンソンのペダル・スチール・ギターが描き出すサウンドは、蜃気楼のように浮かび上がる遠い記憶を掴もうとする夢の世界のサウンドトラックのようである。

『燃え殻の森(The Cinder Grove)』とは2020年のカリフォルニアの山火事で焼失した風景を意味している。実際にジョンソンがオークランド郊外に建設を夢見ていたスタジオ兼住居は、山火事の危険に晒され放棄せざるを得なかったという。山火事以外にも身の回りでは様々な場所や風景が失われている。破壊され失われる風景への郷愁と共に、必ず再生される次の風景への希望がこのアルバムのテーマである。サウンド面では、失われたオークランド郊外のスタジオと焼失したセコイアの森の残響データを分析してスタジオでの音作りに適用したという。つまり空間の音響の記憶の再現である。聴き手の心の奥の郷愁を呼び起こすチャック・ジョンソンの“失われたものへの頌歌”は、万人に共通する心の環境音楽と呼びたくなる。(2021年3月31日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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