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CD/DVD DisksNo. 278

#2091 『笹久保 伸/CHICHIBU』
『Shin Sasakubo / CHICHIBU』

text by Eisuke Sato 佐藤英輔

Chichibu Label  Chichibu-010 2021  ¥3,080(税込)

笹久保 伸 guitar
featuring;
Sam Gendel (サム・ゲンデル)
Monica Salmaso (モニカ・サルマーゾ)
Antonio Loureiro (アントニオ・ロウレイロ)
Joana Queiroz (ジョアナ・ケイロス)
Frederico Heliodoro (フレデリコ・エリオドロ)
marucoporoporo (マルコポロポロ)

1. Cielo People (feat. Sam Gendel)
2. Arorkisne, una cancion de Febrero (feat.Joana Queiroz)
3. Luz ambar (feat. Mônica Salmaso)
4. Rioella (feat. Antonio Loureiro)
5. Lilium (feat. marucoporoporo)
6. Chichibu (feat.Frederico Heliodoro)
All compositions by Shin Sasakubo

Recorded, Mixed and Mastered by Noritaka Yamaguchi
Recorded at STUDIO JOY
Guitar Luthier: Hiroyasu Asakura & Tetsuo Kurosawa
Design & Illustrations: Washio Tomoyuki

規格外であり、独立独歩。笹久保伸は歩みの部分においても、何より音楽的な観点においても、まさしくそうとしか言えないギタリストだ。彼はガット・ギターを指で爪弾く。そして、多くの場合、既成にないチューニングを用いる。それは、彼の歩んできたキャリアと密接に関わっている。

秩父で生まれ育った彼は、小学4年生からクラシック・ギターを習い始めた。近所の幼稚園の放課後に、ギターを教える先生がいたからだ。かなりやんちゃでもあったらしいが、彼はその後もギターを習い続ける。将来を嘱望されもした彼は、高校に入ると立川に住む先生の元に通ってもいる。17歳でコンクールで優勝もし、彼はそのころからクラシックのギター奏者として人前で演奏もするようになった。

だが、その一方、彼は南米のフォルクローレにも興味を持ち、そちらの演奏もしており、ときに笛も吹く場合もあった。きっかけは、音楽好きの父親が医療関係の仕事でペルーに1年間住み、秩父に戻ってきてからも、現地のカセットをよくかけていたからだった。高校のころは、アルゼンチンのギター表現にはまったこともあった。

クラシック留学で欧州から帰ってきた奏者のスノビズムの持ち様や譜面に縛られるクラシックの窮屈さがイヤだった彼は、21歳のときに自身も親について0歳から1歳にかけて過ごしたペルーに渡った。住んだのは、2004年からの4年間。わざわざ日本から同国のフォルクローレ演奏を学びに来た青年は可愛がられ、マスターたちから教えを受けるとともに、首都のリマを拠点に地方にも出向き様々なペルーのフォークロア様式を学んでいる。

クラシックで培った技巧もプラスになった彼の演奏は現地でも評判を呼び、ペルー時代に13作ものアルバムをリリース。フォルクローレ曲とともに、すでにその頃からオリジナルもレコーディングしていた。

帰国後、再び秩父に住むようになった彼は、自らの属性に胸を張って目を向けた、地に足をつけたギター表現に邁進する。その際、活動の触媒となったのが、古くから石灰岩採掘がされてきた武甲山を擁する秩父という地域性だった。同地が持つ美点やひっかかりに着目した彼は“秩父前衛派”と名乗り、音楽、映画、写真集、研究文献など、同地を引き金とする様々なアイテムを精力的に世に問うようになる。ギタリスト以外の部分でも、彼のしなやかな秩父/武甲山の探求活動はメディアで紹介されることもあった。

そうした笹久保伸の自主レーベルの名前も、Chihibuという。2013年にリリースされた15作目『Quince』から彼は同レーベルを通じて、思うままアルバム・リリースを続けている。ソロ・ギターによる作品群がその柱となるが、ペルーの山岳部の歌唱表現を現代的音像を持つものにまで昇華させた『アヤクーチョの雨』(2013年)、秩父に歌われてきた労働歌を拾い自ら歌った『秩父遥拝』(2014年)、ロンドン在住の作曲家である藤倉大とデーターの交換/編集で完成させた『マナヤチャナ』(これはソニーからのリリース。2014年)、高橋悠治の楽曲を取り上げた『道行く人よ、道はない』(2015年)、完全即興ギター作『Ou boivent les loups』(2016年)、いいホールにあるいいピアノを借りてまったく腕に覚えのないピアノを即興で弾いた『Music Of Bukohsophy』(2019年)など、リリースするアルバムは多様な方向性を持っている。

そうした奔放にして精力的なリリース作品群を知れば、笹久保伸がなんとも一筋縄では行かない、行動する音楽家であことが分かるだろう。そして、その根底には、地に足をつけて好きなことやらせてもらう、という至極まっとうな表現者としての哲学が横たわっている。この窮屈な現況にあっては、パンクというか、澄んだバカヤロー精神に満ちる様はまこと痛快きわまりない。実は、そんな彼が今一緒にやりたいミュージシャンが、ロバート・グラスパーのグループから巣立った現代ジャズ/ヒップホップのドラマーであるクリス・デイヴであるという。

基本、今もアンデスやペルーのフォークロアのギター奏者と紹介されがちな笹久保であるが、もっとヴァーサタイルで、好奇心に満ちた幅の広い音楽家であるのは疑いがない。そのライヴに触れると実感させらるのが、彼の引っかかりに満ちた演奏が並々ならぬ清新さ抱えていることであり、即興的と言いたくなる研ぎ澄まされた感覚を備えていることだ。そして、その手触りこそは、一部のECMのソロ・ギター作品とも繋がりはしないだろうか。現在ECMはフォークロア・ビヨンドの担い手をいろいろと送り出していることも、ぼくは笹久保伸の中にあるECMとの親和性を感じてしまう。

そんな彼をして、ペルーでの音楽経験が大きく活かされている項目が一つある。それは冒頭で触れたが、多くの場合、彼は変則チューニングのもと表現にあたっていることだ。聞けば、ペルーのギター表現は特殊調弦が用いられることが少なくなく、彼の作曲/ギター演奏流儀もそれを引き継いでいる。そして、その行き方は今のギター表現/音楽作りにおいて多大な武器となるのは疑いがない。レギュラー・チューニング(世のほとんどのギター奏者はそれを用いる)を使うと<規定された一つの道しかいけない>が、特殊チューニングを用いる場合は<その調弦の数だけ、別に進んでいける道がある>というわけなのである。たとえるなら、オーネット・コールマンのダブル・カルテット表現をはじめとするコンボにおける変則編成や定型の調性やビートから離れるフリー・ジャズ作法、またプリペアド・ピアノの発案や西洋音階からの拝辞なども弦楽器における変則チューニングのあり方と重なるものではないのか。そして、清新な“コンテンポラリー・ミュージック”を求めるECMのワールド系の担い手の活発な採用も、ぼくにはそのことと繋がるのではないかとも思えてしまう。音楽の今を求めるなら、普通とは異なるいろんな道を通った方がいいじゃないか!

また、現代のギタリストはエフェクター類を駆使して新たな領域を得ようとする人が少なくないが、笹久保の場合はナチュラルなギター音のもと新しい道を歩み続けていると書いても誇張にはならないだろう。生音でも研ぎ澄まされていれば、現代的越境や今様な佇まいの獲得を可能とする。とはいえ、先に触れた『アヤクーチョの雨』や『マナヤチャナ』、音響クリエイターの岡安啓幸との連名による『INVISIBLE FLICKERS』(2016年)をはじめ、彼は音響/アンビエントの分野に通じるプロダクツも出している。

さて、そん笹久保伸の新作『CHICHIBU』は30作目のリーダー・アルバムとなる。CDとともにアナログも1ヶ月遅れでリリースされる同作は、彼がさらにもう一歩新しい方向に進んだアルバムと言える。

端的に言えば、6人のアーティストと1曲づつコラヴォレーションをした、6曲を収めた内容をそれは持つ。そして、その相手役の興味深いことと言ったなら。相手役の国籍はブラジルが4人、アメリカが1人、また日本も1人。それらは、曲を添付した依頼メールを送り、快諾の返事を得た。

ブラジル人は、マルチ・プレイヤーのアントニオ・ロウレイロ、エルメート・パスコアールの覚えもめでたいリード奏者/シンガーのジョアナ・ケイロス、ロウレイロ・バンドのベーシストも勤めつつシンガー・ソングライター的な活動もするフレデリコ・エリオドロの3人は今脚光をあびる新ミナス派の精鋭たちである。なお、ロウレイロとエリオドロは米国人ギタリストのカート・ローゼンウィンケルのカイピ・バンドにも関与している。そして、もう一人のブラジル人であるモニカ・サルマーゾはサンパウロ在住の同国最高峰と言いたくなる流れる歌を披露する逸材だ。彼女は、渡辺貞夫やブラジル至高のギタリスト/作曲家のギンガとともに来日したこともある。

米国人参加者はロサンゼルス在住のサックス奏者であるサム・ゲンデルで、その人選にも唸らされよう。一応ジャズを根に持ちつつ別な世界にワープしようする彼の代表作『Satin Doll』(Nonesuch,2020年)はトリオ編成でジャズ有名曲を大胆な音色創出/ポスト・プロダクションを経て独創的に宙に舞わせた、類を見ない大胆好作だ。ゲンデルは大御所のライ・クーダーをはじめ、新旧様々なロック側の実力者たちから声をかけられてもいる。

それから、ここに唯一参加している日本人シンガー・ソングライターのmarucoporoporo(マルコポロポロ)はまだ20代半ばのシンガー・ソングライターだが、笹久保はその天衣無縫な才能に惚れ込んでいる。彼女は笹久保の前作『Perspectivism』(2020年)にも1曲参加していたが、自己内対話から宇宙のようなものを作り出してしまう彼女もギターを弾く場合は非レギュラー・チューニングを用いており、それにも笹久保はインスピレーションを受けているという。

収録された楽曲は、当然どれも笹久保のオリジナル。即興的に仕上がったものを、この曲ならあの人かなという感じで、相手役を選んだ。相手に送ったものは、お願い文言と音のみで、譜面はなし。ヴォーカルが入るものはそのガイドとなる鼻歌を笹久保が添えたというが、本人が覚えるのも大変なラインをいともやすやすと返してきたのには驚いたという。たとえば、サム・ゲンデルはサックスを2本エフェクターを駆使して重ね(その「Cielo People」はなんと18分を超える曲だ)、ジョアナ・ケイロスはヴォーカルとクラリネットを入れたり、アントニオ・ロウレイロは歌だけを加えたりと、笹久保が提出した楽曲に対する対応は様々。どれもが有機的な反応(それは化学的という形容をつけたくなるものだ)が認められるとともに、確かなストーリー性や広がる空気感を有していることには驚かされる。本当に、相手役の優秀さには唸ってしまう。

データーの交換で完成したそれらは当然せえのでやってはいないのだが、そこには瑞々しい相乗性が存在する。どの曲も音のやりとりは一度だけで、一切編集の類もしていない。それなのに、この飛躍力と鮮やかな起承転結の存在と言ったなら! 改めて、その元となる笹久保の接する者を刺激的な迷宮に誘い込むスポンテニアスな楽曲作りや閃きに溢れたギター演奏のすごさを再確認したりもする。なお、アントニオ・ロウレイロ参加の「Rioella」のみがレギュラー・チューニングを用い、あとの5曲はどれも変則チューニングによる。その辺りの機微を探求するのも、とても面白いだろう。

唯一本人が気をつけたのは、相手の土俵に乗るのではなく、秩父の形而上を受けた音楽を創作する自分の側に引き込んで才豊かな協調者の個性を出してもらうということ。だからこその『CHICHIBU』というアルバム表題でもあるのだが、ぼくはこれら一度限りのデーター交換の想定外となる美しくも魅惑的な協調〜それは、1+1が2にも3にもなる相乗の魔法があるとも書きたくなる〜に触れて21世紀的なインプロヴィゼイションのあり方を認識するとともに、改めてジャズ的とも言いたくなる笹久保伸の飛躍力に驚嘆している。

ジャコ・パストリアスのベース・ソロが好きで、かつて彼のデビュー作に入っていた「ポートレイト・オブ・トレイシー」を『Quince』取り上げたこともある笹久保だが、基本あまりジャズを通ってきてはいない。だが、そのほうがクリシェに陥らぬ、新鮮なジャズ行為、ジャズ的なプロダクツを創出できるのではないか。そして、それはひどくペーソスに満ち、聞き手を間違いなくもう人の場所に連れて行くものとなる。オーケィ。ぼくのなかでは、彼は鋭敏極まりない現代ジャズ・アーティスト、そのものだ。鋭敏なインタープレイ性と研ぎ澄まされた美意識と途方もない技巧を持つ彼のギター表現は、ぼくのなかではなんとも尊い、しかも新しい手触りを持つオルタナティヴなジャズ表現として輝いている。

(2020年10月)

(2020年10月、『アヤクーチョの雨』で共演したイルマ・オスノと)

(藤倉大とのライヴ・パフォーマンス)

(シンガーのエリン・バーフムと)

(前作『PERSPECTIVISM』から、marucoporoporoをフィーチャーした曲)

笹久保伸の2013年映画監督デビュー作品のDVD付きサントラ作『秩父前衛派』からの曲

岡安啓幸との連名による『INVISIBLE FLICKERS』(2016年)収録の曲

『PYRAMID~破壊の記憶の走馬灯』(2015年)収録曲で、エレクトリック・ギターを弾いている。


佐藤英輔(さとうえいすけ)

1958年、福島県生まれ。1983年4月に(株)スイング・ジャーナル社に入社し、アドリブ編集部に配属。1986年9月に退社し、フリーランスに。以後、さしたるドラマもなく平穏に音楽物書き稼業を続けている。当初はロックやソウルを主に書いていたが、歳とともにジャズやワールド・ミュージックの仕事が増えていった。音楽誌、日経や毎日などの新聞、ライナーノーツなどの原稿執筆にくわえ、JAL 国際線ジャズ・チャンネルの選曲も担当。ライヴとお酒好き。ブログは、https://43142.diarynote.jp

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