#2105 『小橋敦子&トニー・オーヴァーウォーター/クレッセント』
『Atzko Kohashi & Tony Overwater / Crescent』
text by Hiroaki Ichinose 市之瀬浩盟
三日月、眉月(まゆづき)、若月(わかづき)、初月(ういづき)、蛾眉(がび)、彎月(わんげつ)、繊月(せんげつ)、虛月(こげつ)、朏(みかづき)…。
日没近くに細いその身を見せたかと思うと宵の口にはもう沈んでしまう三日月。
「新月から三日目の月」その美しい形を形容し、初めて見えた月、初めて帷(とばり)を上げて姿を見せる姿に擬(なぞら)え日本人はこのように美しい呼び名を附して古くから愛でてきた。
そう、その姿を消す代わりに、帷を上げ美しい調(しらべ)を我々に送り届けるために…。
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Crescent / Atzko Kohashi & Tony Overwater
studiosongs YZSO-10114
Atzko Kohashi (p)
Tony Overwater (b)
1. Wise One (John Coltrane)
2. What’s New (Bob Haggard)
3. Lonnie’s Lament (John Coltrane)
4. De Boot (Tony Overwater)
5. Crescent (John Coltrane)
6. Nightfall (Charlie Haden)
7. Mr. Syms (John Coltrane)
8. Our Spanish Love Song (Charlie Haden)
9. As Long As There’s Music (Jule Styne)
Produced by Atzko Kohashi & Tony Overwater
Executive producer: Tetsuya Iwasaki
Recorded at Beauforthuis, Austeriliz in the Netherlands by Frans de Rond on Februry14,2021
Mixed and mastered at MCO studio, Hilversun in the Netherlands by Fans de Rond on March 28, 2021
Original recording formt: 96 kHZ/24bit
Piano: Fazioli Modello F228 tuned by Naomi van Schoot
Bass: 18th century Bohemian bass, maker unknown, Gut strings
Cover design: Odesign.nl
Art design: Tony Overwater
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ピアノとベースのデュオで奏でるコルトレーン…極限まで研ぎ澄まされ、静謐で息を呑む玲瓏な調べとなってこの身に響き渡った。
欠け行く月でも満ちた月でもない、これから満ちていくこの細い月のように内に秘めたふつふつとした音の溶鉱炉から2人の音の波が時に重なり合い、時に打ち消し合い、時には独り静かに放たれていく。
コルトレーンの名盤『クレッセント』の曲の他はチャーリー・ヘイデンとパット・メセニーとのデュオ『Beyond the Missouri Sky』からのM8、ジョン・テイラーとの『Nightfall』からM6、小橋の愛聴盤であるハンプトン・ホーズとの『As Long As There’s Music』のタイトル曲M9といったふたりが敬愛するヘイデンがデュオで奏でた名盤の中らの曲が並ぶ。
ー「コルトレーンの曲をやってみたい」と切り出したのは、前の夜聴いたアルバム『クレッセント』の中の数曲が耳に残っていたせいだろう。ピアノとベースだけでコルトレーンの曲を演奏するのはかなりチャレンジングなのだが、やってみると意外なほどぴったりきた。そして、いつも何か新しい発見がある。曲の持つ旋律の美しさに何度も驚かされる。と同時に、内側からエネルギーが静かに充電されていく感覚すら覚えるのだ。ー(ライナー文より)
前月に小橋自身が記したブックレットが添えられ、録音から僅か5ヶ月という速さで日本国内でのみ先行発売され、今秋にはオランダ国内でも発売になるようだ。
アムステルダムに居を構える小橋と信頼しているベーシストであるトニーとで紡がれたこの美しい音。それを早く届けたいと放った弾き手の音が、早く聴きたいと願う我々の強い引力に吸い寄せられたかたちとなった。
日本とアムステルダムの時差は-7時間…。時を同じくして同じ月を愛でることは叶わない。いつの日か皆が待つこの地で美しい音に包まれる時が訪れることを願って…。
帷が上がった先からは熱く燃え上がる炎ではなく、やがて満ちていく己の身から蒼白く冴えた光が次々と放たれ、この身をときに鋭く貫き、ときに激しく、ときに優しく包んでくれた。
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【小橋敦子 】Atzko Kohashi (ピアノ)
神奈川県茅ヶ崎市出身。慶応義塾大学卒。 1994 年から2001 年までニューヨーク滞在、スティーブ・キューンに師事。 2005年からアム ステルダム在住。『アムステル・モーメンツ』(2009)をはじめに、ベー シスト、ドラマー、チェリスト、ボーカル、トランぺッター、パーカッショニス トとのデュオやトリオ作品を次々にオランダから発信。緩やかな音楽性と音質へのこだわりに定評がある。日本、アメリカ、ヨーロッパ、3つ の異なる文化を経験し、多文化的な音楽観を持つピアニストと言われ、その独特なスタイルは 「あたたかく、自然で、人間的な温もり がある」「深い静かな流れ」「過不足のない音の選択は禅に共通する」と評される。2013年にデュオで、2016年にはトリオで来日公演し好評を博す。最新作『クレッセント』は自身にとっての10枚目のアルバムとなる。
www.atzkokohashi.com
【トニー・オーヴァーウォーター 】Tony Overwater (ベース)
オランダ、ロッテルダム出身。オランダ・ジャズ界で最も権威あるボー イ・エドガー・アワード、及びエディソン・アワードを受賞したトップベーシス ト。ハーグ王立音楽院在学中に、ヨーロッパツアー中のサニー・マレイに見出されてグループに加わり、『A Sanctuary Within』などのレコーディングにも参加。ジョン・クレイトン、チャーリー・ヘイデン、デイヴ・ホラ ンドらに師事。ユーリ・ホーニング(sax)のトリオでネオバップやフリーインプロを探求する一方で、レンブラント・トリオやカイハン・カルホールと のアラブ、ペルシャ音楽のコラボレーションなど幅広い音楽性が注目 される。ノースシー・ジャズをはじめ数多くのフェスティバルに参加、近 年はロンドンのロイヤル・フェスティバルホールで演奏するなど活躍が目覚ましい。また映画音楽、ダンス音楽の作曲など、多才な音楽活動はヨーロッパ内外で評価されている。
現在、ハーグ王立音楽院 Koninklijk Conservatorium Den Haag で後進の指導にもあたる。 www.tonyoverwater.com
小橋敦子、ジョン・コルトレーン、チャーリー・ヘイデン、クレッセント、トニー・オーヴァーウォーター