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CD/DVD DisksNo. 282

#2128 『陳穎達(チェン・インダー)/ 你聽過Beige嗎 Do You Know Beige』

Text by Akira Saito 齊藤聡

https://yingdachen.bandcamp.com/album/do-you-know-beige

陳穎達 Ying-Da Chen (g, composition)
池田欣彌 Kinya Ikeda (b)
林偉中 Wei-Chung Lin (ds)

1. 再見 Goodbye
2. 達令 Darling
3. 快樂 Happiness
4. 葬禮 When I Die
5. 暗戀 Unrequired Love
6. 奈何 Nothing Can Be Done
7. 凝結 Post Image
8. 惡水 Troubled Water
9. 夢囈 Somniloquence
10. 歲月 Years
11. A Love Theme — The Nature of Stepping Toward Destruction
12. 你聽過Beige嗎 Do You Know Beige

鄭皓文 Howard Tay / G5 Studio / Sound Engineering
許文蓁 Wen-Chen Hsu / Super ADD Art Studio / Design

台湾のギタリスト・陳穎達(チェン・インダー)がカルテット3部作(『R.E.M Moods』、『動物感傷 Animal Triste』、『離峰時刻 Off Peak Hours』)に続き、サックスの謝明諺(シェ・ミンイェン)が抜けた形のトリオで新作を発表した。なお『離峰時刻 Off Peak Hours』はなかなかの傑作ジャズアルバムであり、2020年に台湾のインディーズ音楽アワード「金音創作獎」にノミネートされてもいる(謝はその中のプレイでベストプレイヤー賞を受賞した)。

本盤のギターサウンドは音価が長く、また柔らかく揺れ動くものとなっており、一聴してこれまでとの違いに驚かされる。いまさらアンビエントな雰囲気によりなつかしさの世界を創りあげたビル・フリゼールやベン・モンダーら先達を参照する必要もないだろう。陳は自信に満ちて繊細にサウンドを展開しており、なにもそれをジャズやアメリカーナに引き寄せて語ることはない。陳の心象が曲ごとに異なる音風景となって昇華されており、じつに聴きごたえがある。サウンドに身をゆだねていると、聴く者はその音風景を聴く者自身の心象に重ねることになる。

手堅く全体を支える池田欣彌のベースにも、重心を下に置きつつも鮮やかな火花を散らせ蝶を飛ばすような林偉中のドラムスにも、頻繁に耳を奪われる。これまで良い関係を築いてきたゆえの親密さがあらわれているからにちがいない。

陳によれば、中間色「ベージュ」とは稲や砂漠やコーヒー豆の色でもあり、強くも弱くもない色だ(CDにはアフリカの砂漠の地図が封入されている)。かれにとって、愛や死の傷を受けた個人的な体験が「ベージュ」なのであり、そこからアートへと昇華させたという自負がタイトルに反映されているわけである。陳は作家のチャールズ・ブコウスキーによる「魂が鈍ると形式が現れる」という言葉を引用しつつ、だからこそ、逆にジャズの形式に足を取られてしまわないよう、スピリチュアルな性格を強めたのだった。

そのために、どこか特定の音領域に偏らず、静かな音と大きな音、原音(ドライ)とエフェクト音(ウェット)とを共存させる工夫がなされている。ここでは、1本のギターがエフェクトペダル2系列を通じて2台のアンプにつなげられている。たとえば<夢囈 / Somniloquence>における複数の時間・複数の人格・複数のイメージのレイヤーはとても繊細だ。これもまたサックスのいないトリオとしたことと無縁ではない。

陳はしばらくニューヨークに滞在するという。心象も生活もサウンドになにかの影響を与えるものなのだとすれば、次回の作品ではまた別のおもしろさを見出せるかもしれない。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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