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CD/DVD DisksNo. 302

#2249 『小橋敦子&トニー・オーヴァーウォーター/ア・ドラム・シング』
『Atzko Kohashi & Tony Overwater / A Drum Thing』

text by Masahiro Kohashi 高橋正廣

Studio Songs  YZSO 10131 ¥2,450(税込)

小橋敦子 Atzko Kohashi  (p)
トニー・オーヴァーウォーター  Tony Overwater (b)


何故 p+b+ds というトリオのフォーマットがビバップ以降のモダンジャズの歴史の中で演奏装置として確固たる地位を築くことができたのかという理由を考えてみることがある。
それ1台で幅広い音階とメロディ、ハーモニー、リズムを奏でることができるピアノ。低音部のリズムとハーモニーの一部を受け持つと共に多少のメロディ力を有するベース。専らリズムを受け持ちパルスを送り続けるドラムという構成。それぞれの役割が重複せず重層的かつ有機的に機能するフォーマットといえるのではなかろうか。
ところでドラマーの書く曲は優れたものがあることもよく知られている。メロディへの憧れや涸渇感がそうさせるのかも知れないが。

小橋敦子は東京都出身で神奈川県茅ケ崎育ち。5歳の頃からピアノを始め慶応大学ライトミュージック・ソサエティーのピアニストとして活躍。卒業後は東京を中心にライブ活動を始める。’94年から 2001年までニューヨーク滞在、大御所ジャズ・ピアニストのスティーブ・キューンと出会い音楽的影響を受ける。2005年よりオランダ、アムステルダム在住。
一方のトニー・オーヴァーウォーターは1965年オランダのロッテルダム生まれ。祖父の影響で16歳からベースギターを本格的に始める。フリージャズの名ドラマー。サニー・マレイとの公私にわたる音楽交流で強い影響を受けたという。

本作はこの2人の交流から生まれた珠玉のデュオ・アルバム『Crescent』(2021年)に続くものでドラマーの曲が殆どを占める異色の選曲が目を引く。トニーによれば ”世界中のあらゆる地域に存在し、おそらく歴史上最も古い楽器” であるドラムは ”音楽の鼓動をつかさどる。ドラムがなければ、リズムがなければ音楽は単に音の集合体でしかない” と言い切るだけあって本作11曲中8曲ドラマーの曲を取上げており、ピアノとベースのデュオとしては異色の作品。

M1. Angel Voice  (Sunny Murray)
M2. Blues in Motian  (Charlie Haden)
M3. Trieste  (Paul Motian)
M4. Bya Blue  (Paul Motian)
M5. Tale of the Fisherman  (Tony Overwater)
M6. Journey to the Centre of the Blues  (Peter Erskine)
M7. Pastel Rhapsody  (Jack DeJohnette)
M8. Riff Raff  (Jack DeJohnette)
M9. It Should’ve Happened a Long Time Ago / For Turiya  (Paul Motian, Charlie Haden)
M10. The Chief  (Al Foster)
M11. The Drum Thing  (John Coltrane)

2022年12月15日 オランダ、ヒルバーサムMCOスタジオ
Recorded at Muziekcentrunvan de Omroe p, The Netherlands
Recorded, mixed & mastered by Frans de Rond Original recording format: 96kHz/24bit

M1 はトニーのチョイスだろう、S. マレーの曲だ。悠久の彼方から響きわたるトニーのアルコベースの滔々たる流れからエモーショナルなピチカートと雄弁なソロが展開され小橋の透明感のあるピアノが寄り添うプロローグに相応しく抒情的なナンバー。2人の間に流れる静謐な緊張感はドラムレスならではのものだろう。
M2 はバッピッシュなリフを小橋の力強いタッチのピアノとトニーのダンピングの効いたベースが絶妙に絡み合う1曲。ソロに入ると小橋のピアノはバップの話法から明らかに離れた和声とフレージングでスリリングな異境へと導く。
トニーのベースソロは作曲者C. ヘイデンを意識したのだろうか、骨太のソロワークを披露する。
M3、M4 はP. モチアンの作品。彼はナイーヴな曲を書くドラマーだ。M3 の小橋のピアノはリリカルにして哀感を漂わせながらも意志の強さを感じさせる。トニーとのヴィヴィッドな琴線の触れ合いが聴き処だ。続くM4 はカントリーミュージック風のイントロからトニーの雄弁なベースと小橋の黄昏色のピアノが絶妙のハーモニーを奏でる印象的なナンバー。こういう軽妙さを持ち合せる2人のデュオはリスナーに飽きさせないコツを知っている。
M5はトニーのエモーショナルなベースが先導する1曲。小橋の静かながら個性的な語り口のピアノとトニーが熱く弾くベースの交感がもたらす深い情感に目を瞠るばかりで深い感動を呼ぶ1曲だ。
M6 はP. アースキンの曲。「ブルースの中心への旅」という大仰なタイトルだがピアノとベースの程良い距離感が適度な緊張感となっている。
M7 はピアノも弾く才人ドラマー、J. ディジョネットが作った瑞々しいナンバー。小橋のフレッシュな香りがするピアノが大きな聴き処。小橋の内なる抒情性をトニーのベースが優しく包み込む。
M8 もディジョネットの曲で、こちらはトニーのランニングベースが律儀に4ビートを刻んで小橋をプッシュ。一転、ソロでは凄味のあるベースを披露する。トニーのスタイルはゲイリー・ピーコックをふと思い出させるものだ。
M9 はメドレーだが曲への小橋の深い洞察が濃厚に出ている陰影の濃い演奏だ。それに呼応するトニーのベースもまた独自のフィロソフィーが宿っているようだ。両者の間には深い想念の共感があるのだろう。
M10は珍しいA. フォスターの曲。ドラマーの作る曲には思いがけないメロディ展開があってこの曲もピアノとベースのデュオで演奏されることによりスポットライトが当った曲と言って良い。2人の自在な会話を楽しみたい1曲。
ラストM11 は2人のデュオの前作『Crescent』でテーマとした J.コルトレーンの曲。コルトレーン作らしく精神性の高い曲想で2人の間には微かな緊張が走るのが伝わって来るのだが、それと共にエピローグ特有のカタルシスが満ちて来てついに静寂へと還ってゆく。
かつてエリック・ドルフィーはアルバム『Last Date』で 、 ”When you hear music,  after it’s over, it’s gone in the air. You can never capture it again. “と呟いたが本盤のライナーノートで小橋は「ジャズを演奏するのは海辺で砂の城をつくるのに似ている。(中略)どんな美しい城もいつかは波にさらわれてしまうように、私たちの音も奏でた瞬間に空中に消えてしまう。一度限りの儚いもの。」と書いている。本作はドラム奏者という緩衝材を挟まないがゆえにピアノとベースの間には常に緊張感がみなぎっているのだが、まさに「即興は砂の城」と言わんばかりの刹那的な美意識だけが持つ高揚感に溢れている。(2023/5/26)


高橋正廣(たかはし まさひろ)
仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務める等俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ」を連日更新することを日課とする日々。

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