#2254『森山威男/ライヴ・アット・ラブリー』
『Takeo Moriyama/Live at jazz inn LOVELY』
text by Masahiro Takahashi 高橋正廣
BBE BBE671
Jジャズ・マスタークラス・シリーズ
森山威男 drums
板橋文夫 piano
井上淑彦 tenorsax
望月英明 bass
A1 : Sunrise( 板橋文夫)
B1 : Watarase(板橋文夫)
C1 : Exchange(板橋文夫)
D1 : Hush-A-Bye (Sammy Fain)
D2 : Good Bye(板橋文夫)
Recorded Live at “Jazz inn LOVELY”, Nagoya, December 28 and 29 1990
乱暴に言ってしまえばドラマーには2種類ある。ひとつは正確なリズム・キーパーを任じて演奏の土台を構築することで他のプレーヤーの演奏推進力となるタイプでこれにはアート・ブレイキー (1919~1990) やマックス・ローチ (1924~2007) といった正統派ハードバップ系のドラマーが当てはまる。もうひとつは肉体派とでも呼べば良いのか、自己の體内から発する情動が四肢からほとばしり、それがドラムセットへと乗り移って叩きまくるというタイプでその代表格はコルトレーン・カルテット時代のエルヴィン・ジョーンズ (1927~2004) が挙げられよう。このタイプにはフリージャズのトップドラマー達、例えばサニー・マレー (1936~2017) やミルフォード・グレイブス (1941~2021) も当てはまる。全てのドラマーはこの振れ幅の間に己の存在を確かめていると言っても良いのではないか。
さてこの視点を本邦に移し替えて見れば前者は白木秀雄 (1933~1972)、少し時代が下って富樫雅彦 (1940~2007)、日野元彦 (1946~1999) 辺りが該当するか。そして後者の代表が森山威男その人。正確なビートや繊細なサポートでは富樫雅彦、日野元彦に敵わないかも知れないが音の大きさ、叩き続ける体力では負けない、と森山自身がインタビューで語っているのがその証左だ。
森山威男は1945年東京生まれ。生後間もなく山梨県勝沼町へ移住し青春時代を山梨で過ごす。小学4年の時に聴いたジャズの生演奏に感動してドラムに夢中になる。一念発起して東京藝大打楽器科に進学するもクラシックには関心が向かず、在学中からジャズ・セッションに参加。盟友となる山下洋輔とはその頃に出会い藝大卒業後に山下とグループ結成。山下の病気療養を経て山下トリオが本格始動する。その後の活躍ぶりは紹介するまでもないが特異なフリーフォームによるトリオの演奏は欧州で激賞されて日本のトップグループとして世界に名をとどろかせることになる。しかし森山は1975年山下トリオを退団。理由はマンネリ化する自己の打破にあったようだ。その後’77年に自己のカルテットを結成。80年代半ばに病気療養のため岐阜県可児市に数年間隠遁生活を送る。
本盤は森山が病気復帰後、板橋文夫 (p)との双頭カルテットを率いて名古屋の老舗クラブの「jazz inn LOVELY」で行ったライヴの記録。板橋を迎えたカルテットでは森山は4ビート志向で山下トリオのときとは異なった地平を切り拓こうとしていたのだ。日本的な哀愁のメロディメーカーでもある板橋と森山の激情との奇妙なる融合を垣間見せる森山の代表作と言っても良い出来の作品で、フロントの井上淑彦、ベースの望月英明という凄腕が脇を固め板橋の名曲群を演奏する本盤は森山ファンには堪えられないものだろう。ライヴだけあって1曲当りの演奏時間もたっぷりで密度の濃さも特筆される。
なお、1991年にDIWからCDとしてリリースされたオリジナル盤 (DIW820) はその後廃盤が続いていたが、この度イギリスBBEから初めて LP2枚組として発売されたものの、権利関係により国内発売はなく、希望者は BBEへオーダーすることになる。泥笛(筆者)が試聴しているのはBBE関係者から入手したドイツ製の2枚組180gヴァイナル盤。
A面を占める <Sunrise> はエモーショナルな曲で井上のテーマ吹奏に続く板橋の圧倒的なパッセージに瞠目させられる。板橋の十指からほとばしるパワーと情念は森山のポリリズムによるヴァイタルなドラミングと核融合を起こし壮烈な火の粉を散らして飛翔する。また井上のテナーを聴くのは本盤が初めてだがガッツのある音色と無骨な節回しがこのグループには最も相応しいようだ。過激とも言える演奏が進むにつれ4人からほとばしる高揚感は美醜を越えた高みへと突入する圧巻の演奏だ。森山は病み上りとは思えぬ程の逞しいプレイで疾走感溢れるドラミングを聴かせているのが嬉しいではないか。
B面は板橋の哀愁の名曲。メロウな美しさと土俗的な哀愁感が同居する<渡良瀬> はまさに和ジャズの傑作だ。板橋には同名のソロピアノ盤がありそちらも必聴のアルバム。曲は板橋のソロパートから静かに始まる。抒情的でありながらスケールの大きさを感じさせるのはこの名曲の特筆すべき点だろう。板橋のピアノの音が少し痩せて聴こえるのが残念だが彼の弾くメロディの美しさは少しも損なわれることがない。森山の強打のシンバルもただただ心に響く。
C面 <Exchange> は森山のポリリズミックなドラムが演奏をリード。井上の推力のあるテナーから板橋へとソロリレーされて演奏は爆発的に昂揚する。無論その仕掛け人は森山で板橋の強靭な打鍵と森山の放射するリズムの洪水とがガチンコのタイマン勝負を想起させる。後半の井上のソロに被さってくる板橋の強烈なバッキングと森山の圧倒的なパワーとに挟まれて井上のテナーが悶絶寸前となる展開がすこぶるエキサイティング。森山はドラムソロのパートでは強打を封印、間を活かした和太鼓的なプレイに瞠目する。これこそが森山の體内にある日本人の血を感じざるを得ない一瞬だ。
D1 <Hush-A-Bye> は夭折した小田切一巳 (ts)を擁して’78年に吹込んだ同名のアルバムがある森山の愛奏曲だ。1953年の映画『The Jazz Singer』の挿入曲でサミー・フェイン作の子守唄として知られテナーの名奏が多い楽曲。井上の情感を乗せつつもスムーズな吹奏は快演と言って良い。板橋の弾くリリカルなソロがライヴでの乗りとは言え、仄かな哀感を秘めていて秀逸だ。ここでようやく名手望月の堅実にしてよく唄うベースソロが聴かれるのも嬉しい。
D2は板橋ファンお待ちかねの <Good Bye>。和ジャズが生んだ哀愁の名曲は心の赴くままにピアノへと向かう板橋のルバートから始まる。この曲は柳町光男監督の『19歳の地図』に用いられて映画ファンにも感動を与えたナンバー。板橋の情念のピアノソロがたっぷりと聴かれるだけでなく最後のテーマのバックでの森山の強打が切なくも美しい。
本盤は前述の通り一旦はDIWレーベルから国内発売されたアルバムだがプライベート録音のため音質面、各楽器のバランス面でやや残念な点はあるものの演奏の質の高さ、森山の好調さなど見逃せない優れたドキュメントだ。
今や日本ジャズ界の至宝とされる森山だが、本盤は最も輝いていた時代の産物として単に偶像化することなくジャズ本来のパッションとロマンを21世紀の現代に照射する森山からのメッセージとして受け止めることこそが求められるのだ。
なお本ヴァイナル盤にはオリジナル・ライナーノーツの翻訳とトニー・ヒギンズ氏による新しい解説(共に英文)が付属している。
https://bbemusic.com/product/takeo-moriyama-live-at-lovely
高橋正廣(たかはし まさひろ)
仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ」を連日更新することを日課とする日々。