#2253『Pat Metheny / Dream Box』
『パット・メセニー/ドリーム・ボックス』
text by Tomoyuki Kubo 久保智之
1.The Waves Are Not The Ocean (Metheny)
2.From The Mountains (Metheny)
3.Ole & Gard (Metheny)
4.Trust Your Angels (Metheny)
5.Never Was Love (Russ Long)
6.I Fall In Love Too Easily (Styne/Cahn)
7.P.C. Of Belgium (Metheny)
8.Morning Of The Carnival (Bonfa/Maria)
9.Clouds Can’t Change The Sky (Metheny)
10.Coral (Jarrett) <* 国内盤CDボーナストラック>
11.Blue In Green (Davis) <** アナログ盤ボーナストラック>
Modern Records/ワーナーミュージック・ジャパン
Electric Guitar, Baritone Guitar – Pat Metheny
All Music Composed/Arranged by Pat Metheny (except as noted)
Produced by Pat Metheny
Recorded, Mixed and Mastered by Pete Karam
Mix/Master consultant Steve Rodby
Recorded 2021-2022 at High Rocks
Design by Doyle Partners
使用ギター: Ibanez PM-C (CC prototype); 1947 Gibson ES350CC; 1976 Zoller AZ-10; 1959 D’Angelico Excel; Manzer Baritone
★「エレクトリック・ギターを静かに弾く」ことをテーマにしたアルバム
パット・メセニーの最新作『ドリーム・ボックス』は、パット・メセニーのPCの中に個人的にメモのように残していた演奏音源が基となっているそうだ。これらは、新しい曲や新たに入手したギターの音を確認するような時に、記録として手元に残していた音源のようだ。こうした音源は、自分自身であとから聴き直すということはこれまではあまりなかったとのことだが、近年の状況下で、ツアーの合間などに確認する機会があり、じっくりと聴き重ねていくうちにそれらをまとめることを思い立ち、リリースするに至ったとのことだ。
今回は、オリジナル作品6曲に加えて、スタンダードが3曲収録されている(ボーナス・トラックがある場合は4曲)。とてもソフトな音色と優しいメロディの統一感のあるサウンドで、何度もリピートして、一日中聴き続けていたくなるアルバムだ。
本作品は、パット・メセニーの「ソロ・アルバム」である。一曲は完全なるソロ演奏、それ以外の曲は、バックを務めるギターとメロディを奏でるギターの2本を重ねた演奏となっている。
パット・メセニーは、これまでも一人で演奏したアルバムを5枚ほどリリースしている。最近では『ホワッツ・イット・オール・アバウト』(2011年)や『ワン・クワイエット・ナイト』(2003年)があるが、それらはアコースティック・ギターを中心とした作品であった。今回は、一部でアコースティック・ギターのバリトン・ギターを使用しているが、ほとんどのパートをエレクトリック・ギターで表現しているところに大きな特徴がある。
思い起こせば、パット・メセニーは、ライヴでもギター一本で様々な曲のメドレーを弾くような場面が多くあるが、それらはすべてアコースティック・ギターによるものだった。「エレクトリック・ギター」を「一人で静かに様々なアイディアを組み入れて弾く」ということは、実はこれまでは無かった演奏スタイルである。今回のアルバムは、とても貴重な作品だと言えるだろう。
アルバム全体は、ホロウ・ボディのエレクトリック・ギターの生音を中心とした統一されたトーンとなっているが、実はギターは何種類かが使用されている。パット・メセニーの過去の活動では、ホロウ・ボディのエレキギターは、時期によってメインとなるギターがあり、他のホロウ・ボディのギターが同時に演奏されることはほとんどなかった。そういう意味でも今回は特別なアルバムになっているといえるだろう・
今回は次のギターが使用されたようだ。これまで使用されてきたトレードマークともなってきたギターは使われず(Gibson ES-175, Ibanez PM-20, Daniel Slaman 150/250など)、パット・メセニーが新たに入手したギターが使われている。このあたりも見逃せないポイントだ。
◆使用ギターについて
今回は使用ギターとして次のギターがクレジットされている。
- Ibanez PM-C (CC prototype)
- Manzer Baritone
- 1947 Gibson ES350CC
- 1976 Zoller AZ-10
- 1959 D’Angelico Excel
・Ibanez PM-C (CC prototype)
<写真>
アイバニーズ製の新しいギター。PM-20に似ているが、ピックアップはCharlie Christianが搭載されている。最近、雑誌の表紙などではこのギターを手にした姿をよく見かける。今後のツアーではメイン・ギターとなっていくと思われる。
写真を見る限り下側のfホールにコンデンサーマイクらしきものも装着されているように見えるため、エレクトリックのピックアップからの音とアコースティックのマイクで集音した音を混ぜて使うことができると思われる。エレクトリック・ギターの音とアコースティック・ギターの音の中間のような音色となっている曲は、このギターで演奏された可能性が高いと思われる。
・Manzer Baritone
<動画>
バリトン・ギターは、低域の5、6弦は通常のギターよりも低いベース音を持ち、高域の1、2弦はギターよりも少し低い音域を持っている。パット・メセニーのバリトンギターは、3、4弦が1オクターブ高くチューニングされているため、全体の高音域はギターに近いサウンドになっている。ギターのようにメロディを弾きながら、通常のベースに近いとても低いベース音も同時に出せるのが大きな特徴だ。
・その他のギター
その他リストされているギターは、ヴィンテージ・ギターと思われる。パット・メセニーはヴィンテージ・ギターも多数所有しているという情報があり、次のサイトでもいくつかのギターが紹介されている。
Vintage Guitar Magazine「The Jazz Guitar Prodigy at 60」
しかし、本アルバムにリストされているギターは、上記サイトでは紹介されていない。もしかすると本アルバムで使用されたギターは、最近入手したものなのかもしれない。これらのギターを入手した際に、「どのようなサウンドかをチェックするためにスタンダード曲などを弾いて感触を試した」ということかもしれない。
パット・メセニーによる『ドリーム・ボックス』のプロモーション動画で、何台かのヴィンテージ・ギターがバックに映り込んでいるが、これらのギターが使用されたものなのかもしれない。動画中の左から2番目は「D’Angelico」のようだが、一番左がES-150で右がES-350か…? 画像が不鮮明なため不明だが…。それにしてもこの部屋はいったいどこなんでしょうか?(笑)
Pat Metheny Dream Box Introduction(プロモーション動画)
◆各曲について
1.The Waves Are Not The Ocean
穏やかなこのアルバム全体の雰囲気を象徴するような、包み込むような優しさをもった曲。
エレクトリック・ギターとアコースティック・ギターの中間のような、密度がありながらもとてもクリアな高域を持ったギター・サウンドが、とても広がりのある大きな場をつくりだしている。
2.From The Mountains
バリトン・ギターの低域部の太いベース音と高域部の乾いたギターの響きが、上下の音域で挟まれた空間をつくりあげ、グイグイと強いリズムを生み出す。中域の音をピークに持ったエレクトリック・ギターが、その作り出された空間とビートに導かれるように、甘いトーンで柔らかく歌い上げていく。
3.Ole & Gard
この曲も<From The Mountains>と同様にバリトン・ギターがバックを務めるが、高めの重心から始まる。リードをとるギターのトーンも、<From The Mountains>と比べると少し明るいようで、軽やかに進行していく。途中、ソロの中で珍しくミス・トーンのような音も聴かれるが、こうした演奏にライブ感のような勢いが感じられるところも、このアルバムの魅力かもしれない。
4.Trust Your Angels
柔らかめのトーンで静かに始まる曲だが、後半、リードをとるギターのピッキングが強めになってくるあたりから、ピッキングの音やギターの弦がフレットに当たる音がとても特徴的であることに気づく。ピッキングのニュアンスによる表現の幅が大きな曲だ。
5.Never Was Love
<Trust Your Angels>から一転して、ダークな音色でハーモニーも重めのEm9でスタート。ハーモニクスも効果的に使われている。バックのギターもリードのギターもいずれもかなり中域にピークのある音だ。ギターの特徴なのか、トーンを絞り込んでこのサウンドにしているのかは不明だが、濃密なトーンによって、強烈なドライヴ感のある仕上がりとなっている。
6.I Fall In Love Too Easily
しっとりとしたバラード。この曲は新しいギターの音色などの確認のために演奏されたそうだ。リードをとっているギターは、Gibson ES350CC、Zoller AZ-10、D’Angelico Excelのいずれかということになるようだ。さて、どのギターなのか…。
7.P.C. of Belgium
バックもリードも軽やかなサウンド。オリジナル曲で軽やかなトーンであるため、ギターはIbanezが使われているのではないかと想像する。どことなくアルバム『Metheny / Mehldau』を思い出すようなサウンドだ。
8.Morning Of The Carnival
パット・メセニーによる大スタンダード曲の演奏。アレンジもプレイも大きな変化球はないが、とてもパット・メセニーらしさに溢れている。こうした演奏はなかなか聴く機会がないため、逆にとても新鮮だ。この曲も新しいギターの確認のために演奏されたとのこと。Gibson ES350CC、Zoller AZ-10、D’Angelico Excelのいずれかのギターが使用されていることになる。
9.Clouds Can’t Change the Sky
本作品中、唯一のギター一本による演奏。他曲と異なり、バックの演奏もないため、全体に即興で演奏しているとも思われる。次々と展開して行く様子や、後半に向けての緊張感がたまらない。優しさ・温かさと緊張感を、ギター1本でごく自然に自由自在に操るその手腕は実に見事だ。
<ボーナス・トラック>
日本盤CDには、キース・ジャレット作の<Coral>が、 アナログ盤にはマイルス・デイヴィス作の<Blue in Green>がボーナス・トラックとして収録されている。いずれも他曲と同様に、ギター2本による穏やかで温かな演奏となっている。パット・メセニーによるスタンダード曲のストレートな演奏はとても貴重だ。