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CD/DVD DisksNo. 306

#2270 『藤原清登トリオ/ songbook55』
『Kiyoto Fujiwara Trio/ songbook55』

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

藤原清登 Kiyoto Fujiwara: Double Bass
片倉真由子 Mayuko Katakura: Piano
スバスティアン・カプイン Sebastiaan Kaptein: Drums

01. When I Thought About It In A Dream
02. Manhattan Tango
03. Boy And Beauty
04. No Problem
05. Claudia
06. Dream (double bass solo)
07. Da Niro
08. Vibes
09. Albert And Arturo

Recorded and Mixed at Studio Dede, Tokyo
Mastered at Dede AIR Mastering
Engineer: Akihito Yoshikawa
Recorded on 20 February 2023
Produced by Kiyoto Fujiwara


ジャズの教科書、そんなものがあるかどうかは知らないが、モダン・ベースの始祖は1940年代黄金のデューク・エリントン楽団のジミー・ブラントンだとされる。ベースを単なるリズム楽器から解放しソロを弾いた最初のベーシスト、ブラントンは元来のリズム楽器として正確な音程と力強いピチカートでバンドを鼓舞するという点でベースそのものの地位を上げたことの方が本質的に評価されるのだろう。

その伝統は長くモダンジャズ・ベースの主流となって、例を挙げるならばレイ・ブラウン、ポール・チェンバース、サム・ジョーンズ、先日惜しくも他界したリチャード・デイヴィス、エディ・ゴメス等へと続いている。それは日本においても同様。原田政長、稲葉国光、鈴木勲らトップ・ベーシストの系譜に繋がってゆく。彼等は戦後日本のジャズ最盛期を支えた重要なミュージシャン達だ。

ところで日本はベーシスト王国ではないかと思うことがある。その3人に加え荒川康男、鈴木良雄、池田芳夫、水橋孝、井野信義、中山英二、井上陽介。アヴァンギャルド系では金井英人、吉沢元治、翠川敬基。海外で活躍中の北川潔、森泰人の名も忘れてはいけない。また安カ川大樹のように自己のレーベルを立上げて日本の優れたミュージシャン達のアルバムをリリースしている文武両道ならぬ芸術・経済両立の猛者もいるという具合で過去から現在までこれだけ多彩なミュージシャンがいるのは米国を除いては他にないのではないか。

そしてここにもう一人、挙げるべきベーシストが藤原清登だ。

藤原清登は1953年香川県高松市に生まれる。音楽家の両親のもとで育ち16歳でベースを手にした清登は東京藝大へ進んだ後、バークリー音楽大学を経てジュリアード音楽院を卒業。同院ではニューヨーク・フィルハーモニー・オーケストラの首席コントラバス奏者ジョン・シェイファーに師事しクラシックの素養も身に付ける機会を得た。その後、ホレス・シルバー(p)、ジャッキー・マクリーン(as)、クリフォード・ジョーダン(ts)、サム・リヴァース(ts)、アーチー・シェップ(ts)、ウディ・ショー(tp)と錚々たる一流処との共演を果して腕を挙げた清登はケニー・ギャレット(ts)との双頭バンド「Manhattan Grafiti Four」を組んで活動したほか、ジャズ、クラシックの境界なく多彩なジャンルで活躍する国際派ミュージシャンとして存在感を示している。それが証拠には清登はこれまでに独創的な無伴奏ベースソロ作品を含め20作近いリーダー作を吹込んでいて、これは日本の歴代ベーシストでは最多のひとりではなかろうか。

更には毎年斬新な企画を打出し清新な出演者を起用して高感度な音楽ファン注目のイベント「Jazz Art せんがわ」のプロデューサーの一人として多才な活躍をしていることでも知られるとおりである。

さて清登自身が興した独立系レーベル「GARUGANTUA」の第3弾作品となる本作品『songubook55』にはいくつかの特徴が挙げられる。コンポーザーとしてこれまで数々のオリジナル曲を披露してきた清登にとって全編オリジナル楽曲を揃えた初のアルバムであること。さらには清登のバークリー、ジュリアードでの後輩となる片倉真由子をトリオのピアニストに起用したことだ。片倉真由子についても触れておくと、宮城県仙台市出身で洗足学院音楽大学入学と同時に幼少時から続けていたクラシック・ピアノからジャズに転向し、同大学を首席で卒業。滞米中にピアノの巨匠ケニー・バロンに師事する。彼女の才能はその後メリー・ルー・ウィリアムズ・ウーマン・ジャズ・ピアノ・コンペティションで優勝するなど頭角を現わし、現在は自己のトリオを始めとして多くのトッププレーヤーから声が掛かるファーストコール・ピアニスト。またドラマーには清登より16歳若く、オランダに生まれ沖縄に移住したセバスティアン・カプテインが起用されている。セバスティアンもまたN.Y.で研鑽を重ね、一流ミュージシャンとの共演経験を積んだベテランだ。

01. 〈When I Thought About It In A Dream〉は清登、真由子、セバスティアン3人の想念と鋭い感受性が冒頭からぶつかり合い、連続的に鈍色の化学反応を起こすポリリズミックな展開がスリリングだ。清登の剛腕に対する真由子の硬質の抒情、セバスティアンの自己覚醒的なドラムワークとプロローグを飾るに相応しいゴージャスな美しさと破壊力を持つ。

清登の代表曲の一つとされる02. 〈Manhattan Tango〉は曲名からして名品。マンハッタンから想像される印象とは全く異なったエキゾチックなファーストテーマからスイーティなバラッドに転じたかと思うと真由子の煽情的なソロをコアとしたアグレッシヴな流れを経てさらにエモーショナルなバラッドへと目まぐるしく変化した後にファーストテーマへと循環してゆく。こんな魅力的な旋律を聴かされては1秒足りとも聴き逃すことなど許されない。3人の優れたスキルと緊密なコンビネーションの勝利だ。

03.〈Boy And Beauty〉。この曲名が意味するものは何か。清登の作曲意図はさておき、ノンテンポで3者3様のインプロヴィゼーションが織りなす世界観に思いを馳せてみると激情の中に乾いた抒情が潜んでいることに気付くはずだ。その琴線に触れたとき3人のプレーヤーと個々のリスナーは一体化するだろう。

04. 〈No Problem〉。かのデューク・ジョーダンに同名の名ジャズナンバーがあるがこれは清登のオリジナル。真由子のピアノがベースとドラムの強いグルーヴ感に負けない男勝りの語り口を聴かせる。続く清登の胴鳴りをたっぷりと利かせたファンキーなベースの剛力ぶりは流石日本のトップ・ベーシストの名に恥じない。この曲を聴いているとD.ジョーダンの哀愁曲が何処かへすっ飛んでしまった。

05. 〈Claudia〉。“ジャズ界の不思議” に女性の名前の曲はどれも美しいメロディを持っていることがあるが、清登のこの曲もまた例外とはならなかった。愁いを秘めたメランコリックな表情の美しい横顔が浮かんでくる仕掛けだ。この静かなロマンチシズムを湛えた陰影感を表現している録音の良さも特筆されよう。

06. 〈Dream〉は清登が得意とする無伴奏ベースソロ。一言で言えば、大河の深い淵を覗き込むような孤愁を感じさせるアルコソロだ。こうしたスピリチュアルな表現力を持つ現代ベーシストは清登以外には考えられない。

07. 〈Da Niro〉も清登の代表的作品の一つ。リズミックなイントロからのハードグルーヴな真由子のソロは力感に満ちていてヴァイタルな魅力に溢れていると同時に爽快感をもたらしてくれる。清登の上下動の激しいピチカートソロの圧倒的な存在感、セバスティアンの無骨にして愚直なまでのスティック捌きと、3人の繰り出す音塊のテンションの高さに煽られるばかり。

08. 〈Vibes〉はミディアム・テンポの4ビートで清登の推進力に溢れたウォーキングベースの魅力に先ず耳を傾ける必要がある。真由子の知的な語り口のピアノソロに続く清登のベースソロは正に王道を往く王者の歩みそのもの。

ラスト09. 〈Albert And Arturo〉も人名の曲。ライナーノートのないアルバムゆえ清登とどんな関わりのある人物かは不明だが、演奏は不吉と平穏、陰と陽、静と動、美と醜が交錯するアブストラクトな不条理性に満ちたまま、その解決策が何も提示されないままアルバムは唐突に幕を閉じる。

ジャズのグルーヴの根本を司るベースはリズムマシーンとしての正確なタイム感覚と低音域の運動性の高さが要求されるのは当然だが、ピチカートの一音一音に、弓弾きの一摩りに深い想念を乗せて弾くことによってベースの音そのものがメッセージ性を持つということが起り得るのではないかと常々考えている筆者にとって清登のベースは実に魅力的に胸に浸透して来る。

当アルバムを通じて藤原清登というベーシストをジャズ界の大きな流れの中に捉えるという無謀な試みを許されるのならば、日本にはベーシストとして卓越した演奏テクニックを有しつつ自己の音楽を実現するために作曲の才能を研き自分のバンドを一つの楽器の如く統率してゆくチャールス・ミンガスやチャーリー・ヘイデンのようなタイプのミュージシャンは希有な中、藤原清登の目指す音楽的方向性は明らかにミンガス、ヘイデン路線に接近していると考えることはできないだろうか。

そして余人を持って代えがたいダイナミックにして能弁なベースの硬く引き締まった音色というベース本来の魅力と作曲能力、グループトータルの音楽性とが更に高次元で融合した藤原清登のあるべき姿を今後とも追いかけてみたいと思う筆者である。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ」を連日更新することを日課とする日々。

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