#2290 『igloo / Synapse Confusion』
『イグルー / シナプス・コンフュージョン』
text by 剛田武 Takeshi Goda
Grand Fish/Lab CD:GFL1215 2,500円(tax in.)
igloo:
若林一也:sax
田島拓:g
岡部琢磨:b
KAZI:ds
1.So Extra
2.Tully, Corfu, Greece
3.STRANGER IN THE ROOM
4.Melting Day By Day
5.Escape From My Vertigo
6.Hatsujyo
7.Hello,,Dawn,Unknown
8.Night Surrender
All Composing:若林一也
Recording&Mix:須藤俊明
Mastering:中村宗一郎(Peace Music)
Cover Jacket:中山晃子
アンダーグラウンド・ロック発、新生Saxophone Driven Unitのクールでホットな世界
iglooというバンドの存在を知ったのは、10年以上前からアンダーグラウンド・ロック系ライヴハウスでよく顔を合わせていたライターの町田ノイズ氏からの情報だった。コロナ禍などでここ数年会うことがなかったが、少し前に突然連絡が来てサックス奏者・若林一也が率いるこのバンドを紹介されたのである。名前を聞いたことはなかったが、THE FOOLSやBoris、dip、Z.O.A. といった筆者にとって馴染み深い(当然町田氏も好きなはずの)日本の地下ロック界の有名バンドと繋がる若林のプロフィールに興味を惹かれて添付されたYouTube動画を観た。アンダーグラウンド・ロックの総本山と呼ばれ、10年前に何度も通った東高円寺UFO CLUBで撮影されたライヴ・パフォーマンスは、基本はワイルドなビートに貫かれたガレージ・ロックだが、自由奔放なサックスとギターが絡み合うスリリングなインタープレイには前衛ジャズに通じるアヴァンギャルド感覚が溢れていて一気に惹き込まれた。筆者の好みを熟知する町田氏の厚意に感謝したい(町田氏には若林一也のインタビューを寄稿していただいた)。
サウンドの感触はジョセフ・ボウイ率いるデファンクトやジェームス・チャンス&ザ・コントーションズといった80年代NO WAVE系パンク/ジャズ/ファンクに近いが、筆者の頭に浮かんだのはクリス・ピッツィオコス率いるCP Unitやフローリアン・ヴァルターが参加するトリオMalstromといった2010年代の個性派インスト・バンドだった。いずれもサックス、ギター、ドラム、ベース(Malstromではギターがベースも兼任)という編成であり、なおかつサウンド面のリーダーがサックス奏者という共通点がある。さらにジャズに多い個人名を冠したグループ名(例えば若林一也カルテットなど)ではなく、固有の名称を持つ「バンド」である点にも注目したい(CP Unitはクリス・ピッツィオコスのイニシャルに由来しているがメンバーがほぼ固定されたバンドであることは間違いない)。彼らの意図は、その場限りのセッションではなく、パーマネントなメンバーで活動することで独自の音楽を進化/深化させることである。オーネット・コールマンのハーモロディック理論を複雑なコンポジションで継承し新たなファンクネスを生み出すCP Unit、実験精神溢れるサックスとヘヴィな変拍子サウンドでオルタナティヴ・ジャズを提示するMalstrom、そしてタイトなファンク/パンク・ビートに乗せてサックスとギターが縦横無尽に絡み合うアヴァン・ジャズ・ロックを展開するigloo。サックスがリードするバンド・サウンドの可能性を追求する三者三様の行き方はとても興味深い。
デビュー・アルバム『PARASITE SYSTEM』(2023年7月リリース)から半年も経たずに発表されたiglooのセカンド・アルバム『Synapse Confusion』は、全編スリリングでキャッチーなサックスのテーマに導かれ、疾走感に身を任せて陶酔しているうちにあっという間に駆け抜けていく。聴き終えたあとで一瞬何が起こったのかわからなくなるほどのスピード感はアルバム・タイトル通り「神経の混乱」をもたらす。面白いのは1分足らずの小品M4「Melting Day By Day」。ストラヴィンスキーの『春の祭典』とフィールド・レコーディングを融合させたアンビエント感は、ロックやジャズに留まらない豊穣な音楽性を証明している。ラスト・ナンバーM8「Night Surrender」の静謐なサックス・アンサンブルも奥の深さを印象づける。クラシックの基礎をしっかり学んだ若林のサックスは、どんなに激しい曲でも感情に溺れることなくクールな感性を保ち正確なプレイを貫く。それが数多いる”激情系”サックス・プレイヤーとの大きな違いであり、パルスのようにひたすらビートを刻み続けるKAZIのドラムと共にiglooならではの武器(魅力)になっている。一方で若林自ら「マイクをぶん投げて客席に飛び込んじゃったりもします」(インタビューより)と語るライヴ・パフォーマンスの暴走ぶりも見逃せない。dipのヤマジカズヒデが名付けた「イグルー」(イヌイット族の氷のブロックを重ねて作ったドーム状の家)というバンド名は、クール(冷たい氷)とホット(温かい家)が共存する音楽的アティテュードを意味するのかもしれない。
静と動、冷気と熱気、聖(クラシック)と俗(ロック)、正気と狂気・・・・月の裏と表のような二面性を兼ね備えたヴァーサタイルなSaxophone Driven Unit=iglooの深淵で刺激に満ちた世界を体験してほしい。(2023年11月29日記)
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