#2303 『Anode/Cathode / Punkanachrock』
『アノード/カソード / パンクアナクロック』
text by 剛田武 Takeshi Goda
7inch EP x 2 : No Label AC-7
A1. TAO MAO PAO, RUB TUB DUB
A2. UNTITLED 1
B1. MAN IN THE MOON
C1. UNTITLED 2
C2. COLLAPSED FUNK
C3. UNTITLED
D. INTERVIEW NEXT QUESTION PLEASE
original recording: 1975(?) ~ 1977(?)
location: unknown
production/distribution: pinakotheca records
thanks to: m.i./h.t./y.s./y.s./y.m./t.h./k.f./s.a./t.s./k.n./s.n./many others
名状し難き地下音楽の謎の解明
70年代後半~80年代前半に東京・大阪のみならず日本各地で蠢き始めた有象無象の地下音楽の中でも、とりわけ”訳が分からない(分らせない)”ことに重きを置いて活動していた(している)のが「第五列 The Fifth Column」である。青森出身で京都の大学へ進学した藤本和男(GESO)と高校の同窓生の村中文人(あかなるむ)、村中と仙台の下宿が一緒だった金野吉晃(onnyk)を中心に1977年頃に始まった緩い共同体のような組織で、メンバーは特定せず、現代詩や音楽の情報を手紙やカセットを郵便で交換しあうことで活動していた。出版物や録音物を多数制作し主に通信販売で流通。特に音楽作品はカセットテープのダビングサービス(ブランクテープを送ると音源がダビングされて返送される)というDIYな方法で届けていた。演奏スタイルはロック、フリージャズ、現代音楽、フリーミュージック、ノイズ等のごった煮で、演奏者も楽器編成もわからない不可解な謎の音楽ばかり。また、イギリスやヨーロッパの著名な即興音楽家や前衛ロックのレア音源もダビングサービスで提供していた。東京の「吉祥寺マイナー」や京都の「どらっぐすとうあ」といった地下音楽の拠点と連動し、”訳の分からない”アンダーグラウンド・カルチャーを日本のみならず世界各地に拡散した功績は大きい。
そんな第五列が仕掛けた日本地下音楽最大のエニグマ(謎)のひとつがAnode/Cathodeなるユニットの17センチLP盤『Punkanachrock』だった。日本のインディレーベルの草分け「ピナコテカレコード」から、オマケとして日本の歌謡曲のシングル盤が封入された三角形の特殊ジャケットで1981年に発売された本作は、70年代半ばのアメリカ西海岸の幻のロック・バンドの未発表音源と紹介され、解説書にはそのバンドとの出会いと音源を入手した経緯が手記風に詳細に記されていた。収録された音楽は、ポストパンクやインダストリアル・ミュージック、さらにその源流であるクラウトロックや電子音楽に通じるストレンジなサウンドで、当時正体不明の音楽ユニット「ザ・レジデンツ」に心酔していた筆者は、アメリカのアンダーグラウンド・シーンのさらなる深淵を覗き見るスリルにワクワクした。
それ以来この話を疑うことはなかった(疑う理由もなかった)が、実はこのレコードは第五列制作による”でっち上げ”だったのである。解説書はジャズ評論家・間章の文体を真似た完全な作り話で、音源は盛岡在住の金野吉晃が自宅で制作したものだった。もともとは金野が作ったカセットを気に入ったピナコテカレコード・オーナー佐藤隆史の「変なジャケットのレコードを作ろう」というアイデアから生まれた作品だったが、制作途中で不可解な編集や修正がなされ、金野と第五列にとって不満の残るリリースだったという。そのため、80年代後半に第五列から完全版としてカセットテープでリリースしたが、その際には最初のレコードの解説の後日談を擬した架空の解説が付されていた。つまり”噓の上塗り”をしたわけである。
今回、いわば三度目の正直(第五列的には「仏の顔も三度まで(?)」)として2枚組EPで登場した本作は、金野たちが最初に意図したものにできるだけ近い形でのリリースとなった。オリジナル・マスターテープを使って音質が向上し、編集でカットされていた曲はフル・バージョンで収録。オリジナルの三角ジャケットは再現できなかったが、二枚の17センチ・ジャケットにミニチュアできれいにプリントされている。面白いのはレコードのレーベル面。ピナコテカのオリジナル盤のレーベル面に楽曲タイトルとは無関係の奇妙な表題が印刷されていたが、今回は4面に増えたことで、1面を除き新たな表題に変わっている。第五列の遊び心が健在である証しである。封入バーコードを読み取ると、過去のリリースの解説と合わせて現在に至る経緯と述懐を記した解説が読める。今回は嘘の上塗りではなく、嘘偽りない真実であることを願いたい。
今回のリリースの経緯が興味深い。既存のレーベルではなく、マーク・クレメンスというオランダ在住のイギリス人によるプライベート・リリースである。彼の本業は世界中のレコードやCDのディストリビューションで、日本のレコードの買付もしている。Discogsを通じて知り合った日本のディーラーに「変わった音楽」を聴きたいとリスエストして紹介されたレコードの中に混じっていたAnode/Cathodeを聴き、背景のストーリーも含めて興味を持ったのがきっかけだったという。かつて第五列が郵便を通じて海外のミュージシャンと繋がったことを思い出すエピソードである。
盛岡を拠点にして、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎など、国内外・有名無名を問わずユニークな演奏家を迎えての演奏活動とともに、6章に亘る「デレク・ベイリーを論ず」をはじめとして、フリーミュージックやノイズから純邦楽まで巧緻・細緻・精緻に長けた評論と「小説『ゴースト』」のようなフィクション・センスを備えた文筆活動を繰り広げる金野の表現活動の原点ともいえるこの作品が再び世に出たことを喜びたい。
振り返ってみれば、Anode/Cathodeがでっち上げだったお陰で、日本地下音楽の深淵に人知れず輝く第五列と金野 “onnyk” 吉晃という宝石を再発見する幸運に巡り合えたわけだから、これこそ「嘘から出た真実」であろう。いや「禍転じて福と成す」「終わり良ければ全て良し」だろうか?(2024年2月28日記)