#2305 『イチョウ五重奏団 Ginkgo Quintet / More Than Ten Years』
text by Tomoyuki Kubo 久保智之
1. Liberty City (Jaco Pastorius)
2. 7 Anéis (Egberto Gismonti)
3. 樹の詩 (The Tree’s Ballad) (太田朱美)
4. Woody Is Swinging! (谷口英治)
5. 月の光 (Clair de Lune) (C.A.Debussy)
6. Mood Indigo (Albany Bigard, Duke Ellington)
7. Quiet Leaves (新澤健一郎)
8. イチョウ並木 (Ginkgo Avenue) (新澤健一郎)
9. はじまりの歌 (Song of the Beginning) (土井徳浩)
新澤健一郎 Kenichiro Shinzawa: piano
太田朱美 Akemi Ohta: flute, piccolo(1), alto flute(3)
谷口英治 Eiji Taniguchi: clarinet, bass clarinet(1,2,4,7)
帆足彩 Aya Hoashi: violin
橋本歩 Ayumi Hashimoto: cello
All songs arranged by Kenichiro Shinzawa except “Woody Is Swinging!” by Eiji Taniguchi.
Recorded at SoundCity Setagaya, TOKYO February 10 and 11, 2024.
Introduction of “Moog Indigo” recorded live at GRECO, TOKYO Novembe 13, 2020.
Produced by 新澤健一郎 Kenichiro Shinzawa
Engineer: 菊地健太郎 Kentaroh Kikuchi
Assistant Engineer: 永野紫音 Shion Nagano, 石川歌織 Kaori Ishikawa
Piano Technician: 忰田勉 Tsutomu Kaseda
Studio Coordinator: 粕谷雅明 Masaaki Kasuya
Design and Photographs: 菊谷龍 Ryu Kikutani
Hair Make: 宮本真奈美 Manami Miyamoto
■とてもワクワクする、楽しくも美しいジャズ・ミュージック!
ピアノ、フルート、 クラリネット、ヴァイオリン、チェロという、クラシック界でもなかなかお目にかかることのできないユニークな編成による、とてもワクワクする楽しくも美しいジャズ・ミュージック!
ピアノと弦楽器と木管楽器のそれぞれの柔らかな音色が組み合わさり、時に代わる代わるソロをとるなど、各楽器の個性を活かしながら唯一無二の世界を作り出していく。それぞれの楽器が入れ替わりメロディや時にはベースラインなどをとるような場面が多いが、どこで入れ変わったのかが気づけないほど、とても自然に全員が一体となって音を奏でていく。この溶け合うようなアンサンブル感と、各人のしなやかなインプロヴィゼーションのバランスの妙が、この「イチョウ五重奏団」の大きな持ち味ではないだろうか。
収録曲には、メンバーのオリジナル曲に加えて、エグベルト・ジスモンチの曲やジャコ・パストリアスの曲などもあり、バラエティに富んだ広範囲にわたる曲を、独自の世界観で展開している。
■メンバーについて
リーダーの新澤健一郎(p)は、ジャズを中心にクラシカルな演奏やポップな演奏まで、さまざまな分野で活躍するピアニストである。シンセサイザーの扱いも得意とするが、アコースティック・ピアノのプレイにもとても定評があり、本作品ではそのアコースティック・ピアノで、バンド全体のハーモニーとリズムをリードしている。
太田朱美(Fl)は、フルートサミットなどの大きなイベントには欠かすことのできない実力派プレーヤーだ。NHK朝ドラ「虎に翼」の劇伴音楽への参加など、ジャズのみならず幅広い範囲で活躍中である。即興演奏にもとても定評があり、本作品でもその力を存分に発揮している。
谷口英治(Cl,Bcl)は、 本邦を代表するジャズ・クラリネット奏者のひとり。現在は自己のバンドである「谷口英治カルテット」等を率いて、全国各地での演奏活動を精力的に展開している。またソリストとしても様々なバンドで活躍している。本作品では、しなやかなソロはもちろんのこと、時にはバス・クラリネットでベースパートを担当するなど、器用な一面も魅せてくれている。
帆足彩(Vn)も、クラシック、ジプシーバンド、ポップスと様々なジャンルでボーダーレスに活動をしている。自己のラテン・バンド「チャランガぽよぽよ」での活動も人気だ。本作では、流麗な歌い回しからパーカッシブなサウンドまで、多様なスタイルでの演奏をとても魅力的に聴かせてくれている。
橋本歩(Vc)は、様々なアーティストのライブやツアーのサポート等に加えて、弦楽四重奏グループ「チドリカルテット」の活動でも知られる。「チドリカルテット」では、エルメート・パスコアール・バンドのベーシスト、イチベレ・ズヴァルギと共同制作したアルバムも制作している。太宰百合(p)とのユニット「AYURI」の活動や、ジャズトリオの「ピチェヴォ」での活動なども行っている。本作では、中音域のしなやかなラインや、安定したベースラインなど、ハーモニーとリズムの要となる音を素敵に聴かせてくれている。
こうして各メンバーの経歴を確認していくと、全員が、ジャズを中心としながらもジャンルを超えた広範囲な音楽活動を行なってきていることがよくわかる。こうした幅広い活動経験のあるこの5人が集まったからこそ、ボーダーレスで唯一無二の、この楽しくて美しい世界が創り出せたのだろう。
■各曲について
アルバム1曲めは、この編成でなんとJaco Pastoriusのあの〈Liberty City〉! オリジナル・アレンジの雰囲気も維持しながら、ドラムやベースのいないこのアコースティックな編成で、絶妙のアレンジで楽しく聴かせてくれる。一体感のあるうねるようなグルーヴがとても心地好い。2曲め〈7 Anéis〉はジスモンチの曲。新澤のピアノを中心にカラフルに曲が展開されていく。冒頭でクラリネット、チェロがフィーチャーされたあと各パートが加わり、次第に複雑なアンサンブルに発展していく。3曲め〈樹の詩〉はフルートの太田朱美の曲だが、序盤にチェロが大きくフィーチャーされている。とても美しいフルート・ソロも含め、全体的に音の重心が低いが、その中で時折り聴かれるバイオリンやピアノの高域の音の美しさもとても印象的だ。4曲め〈Woody Is Swinging! 〉はクラリネット谷口英治のスウィンギーな作品。次々にソリストが入れ替わる際に、ベースパートもチェロやバス・クラリネットが入れ替わるなど、バンド全体の音づかいもとてもカラフル。そして新澤のピアノのベース音をキッカケにテンポが半転したり3拍子になったりと、バンド全体の生き生きとした動きもとても楽しい。5曲め〈月の光 〉は、しっとりとしたオープニングから各パートが加わり華やかに展開していく。各パートの音の間を、軽やかに駆け巡る新澤のピアノがとても美しい。6曲め〈Mood Indigo〉は、イントロとして2020年のライブ時の谷口のクラリネットの即興演奏からスタートする。そしてその素晴らしさを引き継ぐようにスタジオでの演奏が続く。後半の流麗なソリも含め、全体に漂うゴージャスで艶かしい響きがとても素敵だ。7曲め〈Quiet Leaves〉は、ゆったりとした時の流れに身を任せるような心地好さ。バイオリンとチェロがユニゾンでメロディを奏でた後に少しずつ離れていくところや、ベースパートが前半のチェロから後半のバスクラリネットに引き継がれていくところなど、各パートが手を取り合って優雅にダンスをしているかのような錯覚に陥る。8曲め〈イチョウ並木〉は、本アルバムでは最もインプロ感の強い作品だが、最もこのバンドらしいサウンドとも言えるのかもしれない。各パートが時間や空間を自由に操りながら、新たな世界を構築していく。9曲目〈はじまりの歌〉は、アルバムを静かにクロージングするとても美しい曲。結成から10年以上となったユニットとのことだが、このアルバムがまた新たな「はじまり」になる、ということなのだろう。今後の活動もまた楽しみだ。