#922 生活向上委員会大管弦楽団2016
10月10日 (月・祝)開場18:30 開演19:00 座・高円寺2(東京)
Text and Photos by 剛田武 Takeshi Goda
生活向上委員会大管弦楽団2016
生活向上委員会東京本部
原田依幸(ピアノ)
梅津和時(サックス)
ゲスト:ドン・モイエ(ドラムス)
フリージャズ不死鳥伝説
生活向上委員会のことを知ったのはラジオだったか雑誌の記事だっただろうか、変わった衣装で客席に乱入して大騒ぎするジャズオーケストラとのことだった。当時高校のブラスバンドでバリトンサックスを吹いていた筆者は、サックスの「掛け合い」と称してサックスのベルに水を入れて掛け合うという話に大笑いした。貸レコード屋で借りて来たアルバムは冗談粧(めか)したジャケットで、坂田明のハナモゲラ語やスネークマンショーと同質のニューウェイヴな冗談音楽のように思えた。しかし、マイナー系のPUNGOやじゃがたらなどに参加して気を吐いていたアルトサックスの篠田昌已を除いては、当時彼らのライヴを観たことはなかった。
一方アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(以下AEOC)の名前は、高校卒業〜浪人時代にのめり込んだフリージャズ関連の音楽雑誌や音楽本、レコードのライナーノーツなどを通じて親しむようになり、大学時代に通った渋谷のジャズ喫茶でレーザーディスクのライヴ映像を観て激しく心を揺さぶられた。1984年4月の来日公演を五反田簡易保険ホールで観て、ヴィジュアルを含めた祝祭的なステージと、生きとし生けるものに捧げられる慈しみに心酔した。
それから30年強が過ぎて三者が一堂に会して公演を行うとは、公演のサブタイトルにあるようにタイムトンネル体験に違いない。特に袂を分かって久しい原田と梅津の再会は、日本の先鋭音楽史に記録すべき雪解けと言っていい。70歳のドン・モイエとの共演を臨んだのは原田らしいが、奇跡の立会人としてアメリカ育ちのジャズの重鎮の存在は頼もしい。演劇や講演会の舞台だと認識していた座・高円寺の地下2階のホールは、とても見やすく気持ちのいいスペース。昔からの初老のファンや、先鋭音楽好きな若いファンが集まり満員御礼。静かな熱気が会場に溢れる。
長身の外国人男性の剽軽な前口上に続いて原田と梅津が登壇。ピアノとクラリネットの鬩ぎあいは、互いのプレイを理解し尊重する熱意が籠っている。原田が大声で「ドンモイエ!」と叫ぶと、杖をついてモイエが登場してドラムセットに座り、三者のインタープレイに突入。所謂即興音楽の一発触発の緊張感ではなく、深い情感と溢れ出る歌心に満ちた演奏は定型フォーマットには収まらないが、節度のある自由度に貫かれている。
AEOC来日公演で感じた生き物の命の奔流が原田と梅津にも共有され、観る者の心臓の鼓動をエンファサイズ(強調)する。第二部後半で奏でられた「NOT SO LONG DON(さよならは言わないよ、ドン)」では梅津がサックスを吹きながら客席を練り歩き、30年前に耳にした伝説的パフォーマンスの片鱗を見せつけた。4人の女性シンガーを迎えたエンディングは、サン・ラ・アーケストラに通じる祝祭空間の出現だった。
音楽のパワー、音楽の享楽、音楽の本質を心から堪能する10月革命だった。梅津・原田コンビがこれからも持続することを祈りたい。
(剛田武 2016年10月14日記)
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