#1350 2025/1/23-28 クリスティアン・メオス・スヴェンセン+クレステン・オズグッド+アンドレアス・ロイサム 東京ツアー
Text and photos by Akira Saito 齊藤聡
北欧から即興演奏のトリオが来日した。コントラバスのクリスティアン・メオス・スヴェンセンは過去に何度も来日しており、またポール・ニルセン・ラヴ(ドラムス)、田中鮎美(ピアノ)らとの共演で国内でもわりと認知度が高い。ドラムスのクレステン・オズグッドは菊地雅章(ピアノ)やドクター・ロニー・スミス(オルガン)などレジェンドとの共演盤を残しており経験豊富だ。バスクラリネット、クラリネット、フルートを吹くアンドレアス・ロイサムは初来日。
筆者にとってもクレステンと会うのは初めてのこと。アンドレアスについては、たまたまベルリンでアクセル・ドゥナー(トランペット)とのデュオを観たことがあり、技巧者の横で見劣りしないプレイをしていたことが記憶に残っていた。つまり予想ができないという愉しみがそこにはあって、この体験せざる魅力を日本で展開するにはさまざまなインプロヴァイザーたちとの共演が望ましいと思われた。ゲストと演奏場所について、筆者はクリスティアンと入念に話し合った。
Christian Meaas Svendsen (contrabass)
Kresten Osgood (drums)
Andreas Roysum (clarinets, flute)
■ 2025/1/23 (木) Kresten and Andreas duo with 河崎純 (contrabass) at Permian
初日はドラムスと管のふたりにコントラバスの河崎純。アンドレアスのバスクラはダイナミックレンジが広く、音色もフラジオレットの超高音やきわきわのマージナルな音まで含めじつに多様なマチエールを提示する。それはおそらく208センチという長躯を音のために活用しているからでもあって、即応性の高い響きをもつPermianの室内を驚きで埋め尽くした。国もジャンルも越えた活動を続ける河崎が速度とともに繰り出す倍音はやはり思慮深いもの。クレステンは対話型のプレイをみせた。
■ 2025/1/24 (金) Trio with 八木美知依 (エレクトリック二十一絃箏) at 神保町試聴室
2日目からトリオとなり、ゲストにエレクトリック二十一絃箏の八木美知依。リハーサルでは互いの音をよく感知できるよう注意深く調整がなされた。それは箏の調弦の自在さが電気によってさらにその特性を増したからでもあるように思われた。おもしろいのは楽器音のダイレクト性を活かした前日とは異なり、グループ全体として悠然と音風景を変えていったことだ。その中には日本的な風景もあった。八木が弦を弾くとともに音に浮力を与えるプレイをするときには、トリオの誰もが自身の音に浮力を与えた。八木もトリオの音を受け止めて箏の演奏に反映し、その柔軟さが音楽そのものとなっていた。ハイレヴェルなコミュニケーションだ。
■ 2025/1/25 (土) Trio with 木村由 (dance) and 広瀬淳二 (saxophone, etc.) at bar isshee
3日目は事情あってテナーサックスの広瀬淳二の到着が遅れ、ファーストセットには観客として来ていた木村由が加わった。狭い間隙を木村が空気の乱れのように動く。仮面により匿名性をもったために、メンバー間の呼応の媒質に溶け入ったとみることもできた。そして木村とクレステンとの劇場的なやり取りという蛮行が、クレステンの当意即妙のおもしろさを増した。セカンドセットでは広瀬があらゆるものを取り込んだ濁流を放ち、ステージ全体のエネルギー水準を激しく高めた。
■ 2025/1/26 (日) Trio with 巻上公一 (voice, 尺八) at No Room for Squares
4日目のステージは細長いバーのため、アンドレアスはバスクラを扱わず、巻上公一はトリオの前面に立ってヴォイスに集中する。空間制約ゆえのシンプルな形だが、これが思わぬ効果を生み出した。巻上のヴォイスは千変万化、しかもクレステンにもクリスティアンにもアンドレアスにも同化し、すぐに別の相へとすり抜ける。演奏後に聞いたところ、トリオもサウンドチェックで想像した以上のヴォイスの迫力に驚いたらしい。だが全員の技量と経験によりグループサウンドとしてみごとに成立した。
■ 2025/1/27 (月) Trio with デボン・治・ティップ (尺八) and マクイーン時田深山 (箏) at hako gallery
5日目は尺八のデボン・治・ティップと箏のマクイーン時田深山がゲスト。クリスティアンも尺八を取り出し、和楽器を使うミュージシャンの出身地がアメリカ、オーストラリア、ノルウェーと分散しておもしろい。クレステンが立ち上がって英語で韻を踏みつつ即興のポエトリーリーディングを始めたのも、多様な貌がそろったからかもしれない。演奏途中に訪れた静寂の中、デボンが静かに尺八を吹き始め、クレステンが膝を叩きつつ次第にあらたな音の場を作り上げていくプロセスは見ごたえがあった。深山が常ならぬありようで出す音は箏の伝統的な音とシームレス。ここには成熟したコミュニティの音楽があった。
■ 2025/1/28 (火) Christian and Andreas duo with 山㟁直人 (percussion) at 月花舎
最終日はクリスティアン、アンドレアスとパーカッションの山㟁直人によるトリオ。月花舎もまた打てば響くありようの空間であり、完全にアコースティックで演奏することになった。音が占める空間を自然に拡張してゆくのが山㟁のすばらしさであり、音のマージナルな位置じたいが演奏中に動き続ける。クリスティアンも弦のすべての部分を公平に扱うことで音のあいだの権力をなきものにし、またコントラバスの胴体の裏やネックからも音を出し、複数の弓や脚を絡ませることによって複数性を持ち込む。アンドレアスの音は逆に肉体というオリジンに戻ったようで、それもまた拡張のひとつだと思えた。
(文中敬称略)