#1008 福盛進也トリオ大阪公演
<Shinya Fukumori Trio 『For 2 Akis』Japan Tour 2018>大阪公演
2018年4月3日 19:30開演 阿倍野区民センター小ホール
text & photo : Ring Okazaki 岡崎 凛
福盛進也 Shinya Fukumori (drums)
ウォルター・ラング Walter Lang (piano)
マテュー・ボルデナーヴ Mattieu Bordenave (tenor sax)
ドイツECMレーベルからデビュー盤をリリースし、日本ツアーを行った福盛進也トリオ。2018年4月3日、約300人収容の阿倍野区民センター小ホールは満員御礼となった。福盛にとって地元・阿倍野での公演は初めて。
17歳でこの地を離れた彼は、米国で音楽を学び、ドラマーとしてプロの道へ。一度帰国して大阪に戻ったが、2013年にECM本社のあるドイツ・ミュンヘンに活動拠点を移す。だれ一人知り合いはいなかったというゼロからのスタートの数年後、彼は念願のECMデビューを果たした。このニュースに沸く地元ファンにとって待ちに待った凱旋公演である。
ホール入り口受付では主催WAY OUT WEST誌の若いスタッフたちが忙しく対応していた。ロビーではECM国内盤の『For 2 Akis』が販売されており、公演後のサイン会を楽しみにして国内盤を買った。
ロビーの壁際を飾る豪華な花には〈いんたーぷれい8〉の名前があった。〈いんたーぷれい8〉は福盛進也がドイツに発つ前に出演していた大阪西天満の老舗ジャズバーであり、この店の「2人のAki」(マスター中村昭利さんとスタッフのアキさん)に贈られた曲が、アルバム『For 2 Akis』のタイトルになった。福盛進也を支え、彼の音楽に大きな影響を与えたというこの店で、福盛トリオは2015年10月に帰国公演を行ったが、そのときも店内は満席だった。
ステージに3人が登場し、ほのかな照明に包まれる中で、シンバルが微かに音を立て始めると、会場中が耳をそば立てる。ドラムの音がかすれながら空中に放たれていく。
舞台は簡素だが、この日の演奏にふさわしい趣があった。右手のドラムセットの奥に福盛進也のシャツの青い色が見え、左手のグランドピアノ前のウォルター・ラングは鮮やかな赤いシャツを着ていた。間に立つマテュー・ボルデナーヴは黒っぽい服装だが、彼のテナーサックスが鈍く輝いている。
宮沢賢治作曲の「星めぐりの歌」は、きらめく満天の星を眺めるような作品。この曲はCDではオープニングと最後を飾る。滑らかな曲線を描くような音がサックスから流れ出すと、しみじみとした曲の世界に入り込んでいった。ウォルターはドラマーの表情を確認するかのように背筋を伸ばし、シンプルな旋律を奏でていた。彼も、他の2人も、音の端々にデリケートなニュアンスを漂わせていく。穏やかな流れの中で、それぞれの楽器がごく自然に呼応していた。
曲の合間に客席から割れんばかりの拍手が起きる。地元の歓迎を受けながら、トリオの演奏はますます白熱していった。穏やかな演奏が急にテンポを速めるなど、スリルに満ちた展開がある。一方、会場を和やかな空気で包んだのは、小倉桂の「愛燦燦」。この曲をヨーロッパ流ジャズ文脈でまとめるのは無理だろうという予想は、みごとに覆される。ピアノとサックスがタイミングをずらすようにメロディーを奏で、不思議なデュエットを繰り広げる。これを見守るようにドラムが細かな音で力強く盛り立てていた。
とりわけ印象的だったのは、遠藤賢司の「カレーライス」だった。福盛トリオでこの曲を聴くのは2度めで、今回は構成の素晴らしさを味わうように聴いた。マテューがいっそう情感を込めてサックスを吹いていた。後半でのウォルターの長い祈りのようなピアノソロは異様なまでに輝いていた。
曲が終わると福盛進也が「どれぐらいの方が気づかれたかと思いますが、遠藤賢司のカレーライス。亡くなった彼への追悼の意をこめて…」といった説明をしたが、途中で拍手の音が激しくなり、また自分も高揚してしまい、よく聞きとれなかった。この曲は福盛トリオのレパートリーだが今回のアルバムには入っていない。セカンドに入るのを期待したい。
ラストの曲名は聞き逃したが、ウォルター・ラングのオリジナル。演奏後はやはり、会場の拍手が鳴りやまない。そしてアンコールは、ソウル・フラワー・ユニオン中川敬の歌で知られる「満月の夕」。
関西人にとって、阪神淡路大震災からの復興の願いがにじむ「満月の夕」はなじみ深い。だが震災当時まだ小学生だったので、福盛はその事情は知らなかった。彼はその後、人気バンドのブラフマンが取り上げたことでこの曲を知ったという。
かつて彼がこの曲に惹かれ、やがて私たちはこのトリオの「満月の夕」に出会うことになった。音楽がつなぐ縁の面白さだと思う。そして今後、この曲がドイツやその周辺の国々で演奏され、多くのリスナーが日本や沖縄の音楽に触れる機会を得るのだと考えると、福盛進也のECMデビューがどんな音楽連鎖を生むのか、興味は尽きない。
さて、その後はトリオのサイン会が始まった。和やかなムードの中で、3人と記念撮影をする人も多く、長い列ができていた。ロビーではジャズ好きの仲間が談笑し、福盛進也の日本でのカルテット〈モノクローム〉のベーシスト、甲斐正樹さんの姿が見える。そして雑誌ラティーナで福盛進也のインタビュー記事を担当したライターの吉本秀純さんもいた。そして観客の多くが、満足げな表情で会場を後にしていった。
その後CDのライナーノートを読むと、興味深い話がいくつもあった。とりわけ福盛トリオがECM向けのデモテープを作るためにノルウェーのレインボー・スタジオを使ったという話には、勝負のかけ方が違うな、と感じた。そして、この「作戦」がみごとに功を奏し、マンフレート・アイヒャーからの連絡が入るという展開を、わくわくしながら読んだ。
雑誌のインタビュー記事の中では、将来はプロデュースの仕事をしたいと語っていた福盛だが、彼のドラムの響きに魅せられた者としては、まだまだ作曲家兼プレイヤーとしての活躍を見たい。やはりECMのアルバムで魅了されたヨン・クリステンセンなどのドラマーの系譜に、福盛進也の名前が連なり、世界が注目する存在になっていくことは、本当に嬉しい。(2018年4月24日)
追記:
・出演者、作曲者などの名前は敬称略としました。
・演奏曲についての補足:
オープニング曲はおそらく「Silent Chaos」、そのほか「荒城の月」、「For 2 Akis」、「Spectacular」などが演奏され、ほとんどがアルバム「For 2 Akis」の収録曲。(滝廉太郎作曲「荒城の月」以外は福盛進也の曲)
・資料としてECM国内盤『For 2 Akis』のライナーノート(佐藤英輔氏)、音楽情報誌ラティーナ3月号「ECMからデビューするドラマー 福盛進也」(吉本秀純氏)、WAY OUT WEST 2月号「BEAT A PATH/ SHINYA FUKUMORI」(藤岡宇央氏)、その他にウェブ上で検索したnoteやブログなどの関連情報を参考にしました。