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Concerts/Live ShowsNo. 244

#1019 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第341回定期演奏会 

神奈川フィルハーモニー管弦楽団
定期演奏会 みなとみらいシリーズ 第341
2018年7月6日、金曜日 19:00  横浜みなとみらいホール

text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

1.交響詩「魔法にかけられた湖」(リャードフ)
2.ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調 Op. 63 (プロコフィエフ)

○スヴェトリン・ルセフのアンコール曲
ブルガリアン・ラプソディー(クリストスコフ)

……………………………………      休憩 …………………………………

3.交響曲第5番ニ短調 Op. 47 「革命」(ショスタコーヴィチ)

神奈川フィルハーモニー管弦楽団
尾高忠明(指揮)/スヴェトリン・ルセフ(ヴァイオリン)

 

この日は日本フィルハーモニー交響楽団が広上淳一の指揮で、現在、東京音楽大学名誉教授で広上の芸大時代の恩師でもある尾高惇忠の交響曲「時の彼方へ」を振ることになっている。一方、神奈川フィルの方はその尾高惇忠の実弟、尾高忠明がタクトを振る。その神奈フィルのプログラムには大好きなプロコフィエフのVコンがあり、仙台市で始まった国際音楽コンクールの第1回(2001年)でウィナーとなったヴァイオリニスト、スヴェトリン・ルセフがソロをとるという。

さて、どちらを選ぶべきか。身は一つしかない。プログラムに目をやってどちらも捨て難いと思いながらも、久しぶりに迷う楽しさと、一方を諦める悔しさとを半々に味わった。最後は、かつてプロコフィエフに首ったけとなり、ジャズに飽きたときは判で押したようにプロコフィエフを聴いていた青年時代の思い出が忽然とよみがえって、ちょっと時間はかかるけど横浜みなとみらいまで出かけることにした。

そのプロコフィエフのコンチェルト。一昔前のヨーゼフ・シゲティと、その後に聴いたダヴィッド・オイストラフの名演奏が忘れられずにいる私の心を、ブルガリアの中堅ヴァイオリン奏者スヴェトリン・ルセフがどのくらい満たしてくれるか。実は、祈るような気持ちで聴き始めたのだが、異色的な奏法と表現ながら、まずはソロイストとして健闘したといっておこう。異色性はヴァイオリンの暗く澱んだ音色にあり、強靭な奏法を示しながらもいたずらに荒っぽさを見せることなく、いかにも東欧的な仄暗い混淆性とビザンティン色とをむしろ1本の芯として通して演奏したところに、彼なりの慎ましさが感じられて好感を持った。個人的にはむしろ、アンコールで演奏した「ブルガリアン・ラプソディー」(クリストスコフ作曲)が短い1曲ながらより印象深く聴いた。聴いているうちに一昔前、フィリップ・クーテフのブルガリア国立合唱団が歌ったのを思い出した。ポップスの分野で注目された曲だが、彼のしなやかなヴァイオリンが胸を打った。かくして音楽の境界線は静かに消えていく。

だが、この夜の一番の聴きものは、予想もしなかったことだが休憩後のショスタコーヴィチだった。指揮者の尾高忠明は指揮棒を持たずにリードする。神奈川フィルハーモニック管弦楽団がコンサート・マスターの石田泰尚を中心に最良のチームワークを組んで尾高の指揮に応えた。近年聞いた演奏では1、2を争うショスタコの秀演だった。

当時のソ連の政治的批判の渦中にあったショスタコーヴィチがその批判に応える形で世に問うたと言われるこの交響曲は、政治的意味合いはともかく、ソ連時代のロシアの金字塔をなす最高の1作であることは間違いない。最近では井上道義が大阪フィルを振って評判を取っているが、その何年か前に井上がオーケストラ・アンサンブル金沢だったか、東京フィルだったかは思い出せないが、在京のオケを振った時の彼の指揮が秀逸だったことが脳裏にある。

井上の恰幅のいいスタイリッシュな演奏と違って、尾高忠明の指揮はまるで物語を語るように、ときに古いお伽話を語るように絵筆をとって音のキャンバスへオケを滑らせて目を見張らせた。尋常ではないと言いたいほどの、ドラマの作り方の卓抜さに、こちらが引き込まれていくスリルが実に気持よかった。といって、決してくどくはならない。硬軟織り混ぜた卓抜な指揮ぶり、といってよいか。タクトの妙(むろん指揮棒は使っていない。手と指先の巧みな使い方が目を射る)を存分に発揮した運び方。神奈川フィルも渾身の演奏で尾高の指揮に応えた。フルートや木琴、あるいは打楽器などが要所要所で小高の狙いを外さぬ好演でこたえ、存在感のある石田泰尚のリードによる弦アンサンブルが全体を引き締める役割をつとめて好印象を生んだ。この好アンサンブルが尾高のストーリーの運びとドラマづくりの柱となって、「革命」という標題でも知られるショスタコーヴィチのこの傑作シンフォニーの類稀なドラマ性が見事に浮き彫りされたといってよいだろう。とりわけ静謐な第3楽章の精妙なアンサンブルには胸を打たれ、思わず涙した。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の渾身の好演をたたえたい。アンサンブルにもうひとつ厚みが生まれることを期待したい。(2018年7月11日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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