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Concerts/Live ShowsReviews~No. 201

#616 リューダス・モツクーナス・ソロ&デュオ w ペトラス・ゲニューシャス

2013年11月20日 白金「高輪区民ホール」
2013年11月22日 吉祥寺「サウンドカフェ・ズミ」
2013年11月23日 水道橋「ftarri」

text & photos by  Kenny Inaoka 稲岡邦彌

駐日リトアニア大使館の主催で、リトアニアを代表するクラシックのピアニスト、ペトラス・ゲニューシャスとインプロ系サックス奏者リューダス・モツクーナスの演奏会があった。2004年5月にEUに加盟したリトアニアが、加盟後初めて、7月1日から半年間の輪番制EU理事会議長国を務めることになり、それを機会に世界的にリトアニア共和国をPRするキャンペーンの一環。ちなみに、議長国として掲げたモットーは、“Focus Europe:credible, growing, open”で、EUの信頼性、成長性、開放性を向上させるべく取り組むこととしている。

リューダスとペトラスのふたりは巡演に先立ってCD『The Sea in the Forest』(Lithuanian Music Information And Publishing Centre)をリリースしており、当日はこのCDに収録された6曲が演奏された。ステージ上手にはモニターが置かれアブストラクトな映像が流されていた。CDに収録された曲の再演には違いないのだが、テーマやモチーフは記譜されたものであっても、展開はかなり異なったものとなる。その点うまく構成されていて、適宜リューダスのインプロヴィゼーションやペトラスのカデンツァが組み込まれる。リューダスの東欧最強といわれる凄腕はCDや3年前の来日時に充分確認している。とにかく表現能力が突出している。マルチフォニックス(重音奏法)やサーキュラーブリージング(循環呼吸法)、スラッピング(タンギングを使ったパーカッシヴな奏法)を巧みに使いこなしながら単調になり勝ちなサックスの演奏に大きな世界観を持たせることに成功している。一方のペトラスはチェロの巨匠ロストロポーヴィッチとの共演歴も長かったヴェテランで、たしかな技術と音楽観で広大な世界を構築して行く。テーマやモチーフはどれも耳に馴染みやすいフォーキッシュなものだが、そこから展開していく音楽はスリルに富んだコンテンポラリー性豊かなもので、終わってみるととてもふたりで演じられたものとは思えない豊穣極まりない音世界を堪能していたのだった。

区民ホールは大使館主催の公式イベントだったが、残りの2ヶ所は20人に満たないリスナーを対象にした手作りのインティメートなライヴ。しかしこれが思わぬ成果をもたらした。吉祥寺のズミにはピアノがなく、リューダスのソロになったが、結果的にリューダスが全身全霊を傾け秘術を尽くした演奏を披露することになった。なかでも10分を超すテナーによるサーキュラーブリージング奏法は人間業とは思えぬ壮絶、崇高な内容だった。合間にはリードを外したソプラノをフルートのように横に構えて吹くなどの余芸も見せた。2部はリューダスを囲むアフター・アワーズで、リスナーのなかにリトアニアで演奏した経験のあるミュージシャンが3人もいるのを知り驚いた。他に音楽関係者が3人。リトアニアは人口数百万の小国だが訪れたことのある誰もが再訪の希望を伝えていた。リューダスに尺八を吹かせる者もいて和気あいあいの時を過ごしたが、リトアニアの音楽シーンについて鋭い質問が飛ぶ場面もあった。

翌日は水道橋のftarri(ふたり)。ビルの地下でスペースの半分はCDやグッズ売り場が占める。ノイズやエレクトロ系ではファンをうならせる品揃えだという。店主はコロラドでチャーリー・パーカーを中心にバップを研究していたというから面白い。アップライトとはいえピアノがあるのでソロを含むペトラスとのデュオとなった。デュオではCD収録の組曲を演奏したが、公式イベントのお行儀の良い演奏とはがらりと変わってグルーヴィーなノリの良い展開となった。組曲のテーマやモチーフをいわゆるリフに使い、ソロで遊んではリフに戻るというパターン。大柄なペトラスにはピアノが小さ過ぎたが、ノってくると椅子から腰を浮かしあたかもジャズ・ピアニストの様相。リューダスはソロの場面で、ピアノのペダルを強く踏み込み、弦のうなりをバックにソプラノを吹いたり、椅子にベルを押し付けミュートをかけたりの新技を披露した。

4日間で3つの異なるシチュエーションで彼らの演奏を聴いたが、どの環境でも共通していたのは、どっしりと地に足を付け、身に着けた高度なテクニックを表現の手段として駆使し、非常に密度が濃く広大な音楽世界を展開してくれたこと。いつのまにかすっかりリトアニアのファンになり、いつかは彼の地を踏んでみたい心持ちになっていたのだった。

*初出:Jazz Tokyo #193   (2013.12.19)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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