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Concerts/Live ShowsNo. 251

#1061 東京都交響楽団  第873回定期演奏会Cシリーズ

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photos: courtesy of 都響

2019年 2月2日土曜日 14:00  東京芸術劇場コンサートホール

1.バレエ組曲『プルチネルラ』(ストラヴィンスキー)
2.ピアノ協奏曲ニ長調 Hob. X Ⅷ:11(ハイドン)

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3.バレエ組曲『火の鳥』(1945年版)

1a .序奏 1b. 前奏曲と火の鳥の踊り 1c. ヴァリアシオン(火の鳥)
2.パントマイム1
3.パ・ド・ドゥ(火の鳥とイヴァン・ツァレヴィチ)
4.パントマイムⅡ
5.スケルツォ(王女たちの踊り)
6.パントマイムⅢ
7.ロンド(ホロヴォード)
8.凶暴な踊り
9.子守唄(火の鳥)
10.最後の賛歌

東京都交響楽団 ニコラス・コロン(指揮)
キット・アームストロング(ピアノ)
山本友重(コンサート・マスター)
http://www.tmso.or.jp/j/concert_ticket/detail/profile.php?id=3151


近年、とみに充実した演奏を展開してファンの注目を集めている東京都交響楽団の定期公演。今回、注目したのは指揮者とゲストのピアニスト。指揮者のニコラス・コロンは初来日で、むろんこれが日本デビュー。だが、傍目にはそんな硬さは微塵も感じられない。出で立ちもビートルズやローリング・ストーンズを生んだお国柄といっていいのか、ロンドン生まれらしいラフな服装で若々しさを柔らかくアピールし、曲の運びも颯爽として逡巡するところがいささかもない。年齢は定かではないが、200以上の新作を過去に指揮しているという芸歴から推して50歳~60歳ぐらいの年恰好ではないかと思う。滑るように音楽が気持ちよく進む。おそらく今後さらに大きな注目を集めて飛躍する指揮者の一人となるだろう。性格的にもドイツ系の指揮者とは違う ”軽さ”がストラヴィンスキーの、とりわけ彼の編曲手腕が堪能できる『プルチネルラ』で発揮されたと言ってもいいのではないか。最後の『火の鳥』にしても作曲者の書法を特別に強調することなく、作曲者が組曲にまとめたスコアを丁寧に、流れるようなサウンドで再現してみせた。この演奏を聴くと、改めて『火の鳥』がもはやロシア音楽の古典としてのステータスを絶対的なものにしていることを思わぬわけにはいかない。「火の鳥」と「プルチネルラ」というストラヴィンスキーの2作品を聴く限り、この指揮者の優美で若々しい感覚と仕上げぶりにはもっと注目していいだろう。

そのコロン以上に目を見張らされたのがピアニスト、キット・アームストロングの演奏だった。今年27歳になる彼は、すでに4年ほど前の2015年に秋山和慶指揮の東京交響楽団と共演して大きな注目を集めており、このときの演奏を聴いていない私にはいっそう興味津々だった。4年経った現在の進境ぶりを思えば、このコンサートは聴き逃がすわけにはいかない。そんな期待と関心にストレートに応えて見せたアームストロングの明快で闊達なハイドンには目をみはらされた。一瞬の逡巡もない、明快かつ果敢な演奏という表現が、彼の演奏のすべてを語り尽くすという以外に、適切な言葉が思い浮かばないほど。短調フレーズから長調への転換時でも、あのスピーディーな指使いの中でその微妙な違いや特色を描き分け、しかも指揮者コロンとの呼吸を決しておろそかにしない、ある種の研ぎ澄まされた境地を示して見せた逡巡とは無縁の彼の明快な演奏とこれっぽっちの迷いとも無縁な音楽性を目の当たりにすれば、師のアルフレッド・ブレンデルが「これまでに出会った最も偉大な才能の持ち主」といったという賛辞は、その演奏に触れれば師匠が弟子を持ち上げようとした底の浅い評価とは無縁のものだとすぐに分かる。ペダル操作も正確で、まったく隙がない。1音のミスどころか、これっぽっちの逡巡もない演奏を前にして、言葉がない。彼の小柄で子供っぽい体躯や表情と、まったく隙のない演奏ぶりとの落差が、言葉を失わせるのだ。かと思うと、その子供っぽさが聴くものをなごませる。例えばときに左手を右手の下をくぐるようにして演奏する技にしても、受け取りようによってはウケ狙いに見えなくもない。だが、これはよほどハイドンが好きな演奏家でなければできない技ともいえるだろうし、事実キットがアンコールに応えて演奏した曲もハイドンの「ファンタジア  ハ長調  Hob xv 11:4 」で、師のブレンデルが彼に目をかけていた理由がよく分かる。

演奏を終えて、たまたま私の隣に座って日本の友人たちと談笑し始めたキット・アームストロングは、肌色の浅黒いアジア系の面立ちの、どこにでもいるような小柄な少年のようだった。もしかすると両親のどちらかがヴェトナム出身かもしれないと思いながら、不思議な親近感を覚えた。私の中ではこうした普段着の彼と、ステージでハイドンを演奏している彼とが、ときに別人に見える。機会があれば、ハイドン以外の作曲家の作品をもぜひ聴いてみたい。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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