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Concerts/Live ShowsNo. 252

#1067 3/10 Josh Nelson&Discovery Project
ジョシュ・ネルソン&ディスカバリー・プロジェクト

text by Ring Okazaki 岡崎 凛
photos by Dai Murata 村田太(Kobe Modern Jazz Club代表)& Ring Okazaki 岡崎 凛

 

2019年3月10日19:30開演 神戸市中央区 100BAN HALL

Josh Nelson(piano)ジョシュ・ネルソン
Alex Boneham  (bass) アレックス・ボーンハム
Dan Schnelle (drums) ダン・シュネル


ロサンゼルスを拠点に活躍するピアニスト/作曲家、ジョシュ・ネルソン。彼がリーダーとなり取り組む〈ディスカバリー・プロジェクト〉では、音楽と視覚芸術を同時に鑑賞するコンサートなどを企画してきた。これは2011年にアルバム『Discoveries』をリリースした頃からジョシュ・ネルソンの創作活動の柱となっているプロジェクトだ。
この〈ディスカバリー・プロジェクト〉を体験できる貴重なコンサートが神戸・三宮で開かれると知って、ぜひ聴きたいと思った。これまで神戸で数々の海外プレイヤーの公演を開催してきた村田太さんの企画とあっては、やはり見逃せない。
そして3月10日、彼のトリオを目の前で聴き、オリジナルの映像を楽しみ、ミュージシャンの想像力の広がりに触れる時間を過ごすことができた。このコンサートについて、その後読んだ関連記事を参考にしながら紹介したい。
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3月10日、三宮の駅を降り、南へ歩き、神戸旧居留地の高砂ビルへ。1949年に完成したレトロな外観と内装を持つこのビルの2階に100BANホールがある。会場に着くとすぐに、神戸モダンジャズクラブの村田太さんをはじめ、このコンサートのスタッフの熱意に触れる気がして、いつにも増して開演前の期待感が高まった。

フラットなフロアの中央にグランドピアノやドラムセットが置かれ、演奏者を三方から囲むように客席が並ぶ。この日はショートムービーが壁側のスクリーンに映し出され、その前でピアノトリオが演奏する。
2階席で映像担当スタッフがスタンバイし、客電が落ち、闇に包まれる中、グランドピアノの上に置かれた小さな卵型のライトが、ジョシュ・ネルソンの顔を微かに照らし出している。オープニング曲は「Atma Krandana」。一度聴けば忘れられなくなるこの曲は、サンスクリット語に由来し、〈魂の叫び声〉という意味だという。柔らかでリズミカルなピアノの音を軸に、トリオは滑らかに一つにまとまり、やがてダイナミックに盛り上がっていく。

今回ジョシュと来日した2人は、聴き始めてすぐに表現力の豊かさを実感できる若手プレイヤーだ。アレックスはシドニー出身、オーストラリアでの成功を経てロサンゼルスにやって来た新進のベーシスト。ダンはロサンゼルスの人気ドラマーで、〈ディスカバリー・プロジェクト〉に早くから携わっている。

演奏する曲すべてにショートムービーが用意され、カラフルな抽象画が刻々と形を変えていく映像や、古いモノクロ映画の引用などがスクリーンには映し出される。ノスタルジックで楽しい題材をコラージュして、移ろいゆく世界を描く。

アメリカの自然公園にちなむ曲が2つ続いた。「Griffith Park Promenade」はロサンゼルスのグリフィス公園に因んだタイトル。アルバム紹介記事によれば「Sinking Ship(沈み行く船)」はユタ州のブライスキャニオンにある巨大な岩の名前で、ジョシュはその景観に深く感銘を受けたという。曲の冒頭でアレックス・ボーンハムのベースソロがフィーチャーされ、じわじわと緊迫感がにじむプレイに耳を傾けた。トリオの後方では、スクリーンに古いモノクロ映画の船が現れ、海を航行していた。

新曲「Kintsugi(金つぎ)」の演奏の前に、ジョシュ・ネルソンが陶器の修復術の素晴らしさや、ショートムービーに葛飾北斎の浮世絵などが登場することなどを語った。そのときの彼のにこやかな表情に心が和んだ。彼は日本文化についてもかなり博識のようだ。そもそも「金つぎ」という言葉をタイトルにするセンスがすごい。「Kintsugi」の映像ではろくろが回って陶器が作られ、地味な色と鮮やかな色がコントラストを作る。曲の端々に日本らしさが感じられ、シンバルの音が効果的に使われる。

ジョシュのピアノソロ「Tesla Coil」は発明家ニコラ・テスラに捧げられた曲。エジソンのライバルだったという彼の情熱が伝わるようだ。空中放電実験の映像が面白い。
トリオで「Memorial」、「Double Helix」、「Spirit」が演奏されて前半終了となった。

休憩後、ダン・シュネルのドラムからかすかな響きが聴こえ始め、セカンドセットが始まった。ドラムソロが次第に熱を帯び始め、長身のダンのしなやかな動きをシルエットで眺めながら、細やかに構築されていくドラムワークに聴き入った。曲は「Introspection」。やがてスクリーンにビデオ画像が映り、ピアノとベースが加わる。

トリオでの「Jogging Day」の後にジョシュのピアノソロが2曲続く。どちらの曲も古典的SFや映画史への思いを綴るという共通点がある。「Wells Verne」では、空想の中でH.G.ウェルズとジュール・ヴェルヌが出会い、「Ode to a Zoetrope」では、映画が生まれる前に人々を魅了した『ゾエトロープ(回転のぞき絵)』がモチーフとなる。
スクリーンには無声映画のコミカルな動きが映し出され、初めて〈動く絵〉を目にした人々のときめきが伝わってくる。フィルムや映写機の発明に人生を賭けた人々を賛美するようなピアノソロだった。

1950年代と思われるハイウェイや街が映る「Bridges and Tunnels」、かつて人々を熱狂させた飛行船の歴史を語り、ヒンデンブルク号の悲劇を描く「Dirigibles」に続いて、〈ディスカバリー・プロジェクト〉最初のアルバムタイトル曲「Discoveries」が演奏された。厳かで味わい深いこの曲には、ジョシュ・ネルソンの作曲家としてのアイデアが幾層にも重なっているように思う。この曲を聴くあたりで、トリオの魅力にすっかり心を奪われていた。映画を見るように音楽を聴いていたが、ピアノ、ベース、ドラムの音の端々がしっかりと記憶に刻まれていく。

最終曲はファーストセットと同じく「Spirit」で、レイ・ブラッドベリのSF小説「火星年代記」や火星探査機スピリットへの思いを綴るような曲。これをしみじみと聴いた後は、周囲から割れんばかりの拍手が起こり、アンコールとなった。会場が明るくなり、3人の弾けるような姿を見ながら、清々しい気分に包まれた。練り上げた作品で楽しませてくれたジョシュ・ネルソン・トリオが、最後まで躍動感あふれる演奏を聴かせてくれた。

今回のコンサートの成功は、気合の入った神戸のジャズ愛好家たちのサポートに負うところも大きいと思う。音響スタッフに加えて映像アートのスタッフも必要なこのプロジェクトを、地元神戸でも実現させようという熱意と、周到な準備があって実現したのだろう。関西の音楽ファンとしては感謝するばかりだ。

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ジョシュ・ネルソンについて語るとき、滑らかで美しい彼のピアノの音や、共演者の素晴らしい演奏について語るのも大事かもしれないが、今回は映像と音楽を同時に楽しむ企画であったので、彼が用意したショートムービーについての説明をメインに書くことにした。古いSF映画や懐かしい乗り物の登場するドキュメンタリーフィルムなど、彼のイマジネーションを膨らませる題材は無限にあるのかもしれない。例えばレイ・ブラッドベリのSFやリュミエール兄弟の “シネマトグラフ”に始まる映画史、ジョルジュ・メリエスなどの古い映画、などだ。ジョシュはこれらをノスタルジックに回想するだけでなく、宇宙科学など現代テクノロジーへの流れと結びつける。映像をまとめる編集センスの素晴らしさとジョシュ・ネルソンの楽曲が見事に調和し、これまで体験したことのないジャズコンサートが生まれていた。スクリーンの映像がもたらすイマジネーションをピアノトリオの演奏に重ねて聴くという貴重な体験ができたと思う。

今回のコンサートでは、これまでリリースされた3枚の〈ディスカバリー・プロジェクト〉のアルバムのうち、最初の1枚『Discoveries』からの曲が多く演奏された。アルバム曲とショートムービーの一部がジョシュ・ネルソンのホームページから閲覧できる:
https://www.discovery-project.net/discoveries

神戸での3日間の〈ディスカバリー・プロジェクト〉の演奏は、新アルバムのためにライヴレコーディングされており、『Josh Nelson and The Discovery Project Trio Live Recording Concert』として今年12月頃リリースされる予定。
新アルバムは会場で申し込んだ。この日出演したJosh Nelson(piano)、Alex Boneham  (bass)、Dan Schnelle (drums)の素晴らしいプレイにまた出会えると思うと、12月が待ち遠しい。


ニューアルバムのお問い合わせは下記まで:

Kobe Modern Jazz Club 代表 村田太
E-mail:kobemodernjazzclub@gmail.com
〒650−0021 神戸市中央区三宮町2-11 センタープラザ西館2F茶房ヴォイス内(電話078-334-3668)


最後にお礼を一言。今回は村田太さん(Kobe Modern Jazz Club 代表)に会場の撮影をお願いしました。取材では大変お世話になり、感謝しています。

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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