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Concerts/Live ShowsNo. 255

#1081 シブヤ・ジャズ・クロッシング4「東京中低域」

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photo by Eiji Kikuchi 菊地英二

2019年6月22日土曜日 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール

東京中低域:
水谷紹、鬼頭哲、鈴木広志、東涼太、筒井洋一、宇田川寅蔵、山本昌人、永田こーせー 、山中ヒデ之、井出崎優

1部:
1.百本指
2.ステップラダー・トゥ・ヘヴン
3.大人子供
4.マイク・ダグラス・オン・ザ・ムーン・ウィズン・アメジスト
5.ベイビーズ・リクエスト
6.リンダ・ヘザー・サンド・ナンシー
7.スキップ大名
8.鉄骨の部屋
9.ポアンカレ予想
10.フルブルーム
11.ブラジル

2部:
1.鈴木東デュオ
2.ぼくと父さんと父さん
3.青髭夫人
4.魅惑の海
5.強さ固さ長き角度 or pavane
6.乙女参観日
7.黒田清子の1日
8.ザッケローニ、非ザッケローニ
9.十一種
10.イワシタズ・ニュー・ジンジャー
11.フラッター~タオ
12.欲することは即ち可能なことである
13.イン・ザ・ネイバーフッド

encore:
1.チーク・トゥ・チーク
2.チョカリア
3.おお、ひばり


まさにジャンル横断型グループの典型としか言いようのないこのグループは、「東京中低域」というグループ名称からして人を食っているが、決してそれだけにはとどまらない。単にサックス奏者が10人集まっているという、それだけのグループなら、別段珍しくもない。だが、よりによってバリトン・サックスが10人なのだ。グループ名は確かにユニークきわまりないが、それ以上に音楽として、あるいはグループ表現として、これは只者ではないと思わせる突出した魅力とか、音楽そのものにも聴くものを納得させるだけの強力な個性がなければ、たとえ一時的な人気を博したとしても長続きするわけがない。ところが、この「東京中低域」ときたら、常識を逸脱した彼らの音楽表現やグループ活動が海外の音楽好きの人々から熱い視線を注がれているらしく、英国をはじめヨーロッパ各国で演奏する機会が俄然多くなった。亡くなった英国の評論家チャーリー・ギレットが「バリトン・サックス10人で音楽をやろうなどと、とんでもないことを考えるのはどうやら東京のやつだけだ」と言って眠気を覚ます発言を放ったのが2006年だとか。かくしてこの年ロンドンで演奏する機会を得た「東京中低域」は、なんでも2008年、2014年、そして昨年と英国遠征を試み、すっかり英国では馴染みのグループとなってしまった。むろん英国ばかりではない。訪英数年後にはオランダのノースシー・ジャズ・フェスティバルに出演(2010年、2012年)し、同2012年にはカナダのモントリオール音楽祭に出演して一躍注目を浴びることになった。

それに比較して、日本における「東京中低域」の人気の落差は何かしら腑に落ちない。別に注目度が低いわけでもないのに、一体どうしたことか。私自身も過去に2度ほど聴く機会があったものの、聴衆のノリという点では物足りなかった。ところがこの日は土曜日ということもあってか、演奏開始となる時刻には空席がほとんど目に入らないくらいファンでいっぱいになった。会場の大和田伝承ホールはキャパシティー(収容人員)が345人。小ホールといってもいい規模だが、開幕したとたん熱気が弾け飛ぶようなノリが沸き起こり、観客の声援が会場を包み込んだ。それでこそ世界の「東京中低域」。観客は意外?に中高年の女性が多く、彼らが若いファンと一つになって声援を送っている姿を目の当たりにして、いわゆる若いファンの人気を集めているポップなグループと違い、むしろ「東京中低域」ならではの芸や表現の面白さを愛し、応援しているおばさま&おじさまたちの屈託のないノリの良さが私にはとても印象的だった。

実は、このコンサートは私にとっても本格的に「東京中低域」と向き合う機会となる久しぶりの演奏会で、気合が入っていた。コンサート自体は全編の司会進行を担当した水谷紹のリードで、ときに観客を笑わせつつ、ジャズ系の「ステップ・ラダー・トゥ・ヘヴン」を挟んでポール・マッカートニーの曲を歌ったり、ステージの動きや進行に水を差すこともなく、恐らくは決められた通りのプログラムを小気味よく料理。残りの9人のメンバーが水谷の指示に従ってときにデュエットしたり、トリオでアンサンブルしたり、苦もなくプログラムを消化していくスピード感とユーモラスな仕草が小気味よかった。バリトン・サックス10人の演奏となれば、ジャズのフィーリングが随所で炸裂したり、絡み合ったりするのは当然、というより私などはそれを異常に期待してしまう、そうした場面や演奏の随所でステージの右端に陣取ってジャズのリズミックなフレーズやヴァンプ・フレーズに徹したプレイでバンドを鼓舞していた主(間違いなく鬼頭哲だろう)の、ある意味でジャズのジャズたる役割に徹したプレイを高く評価したい。無論のことだが、彼にとどまらず、全バリトン奏者がそれぞれの持ち場を固守し、すべてにわたって情熱的なプレイをし得たことそのものを私は讃えたい。よほど厳しい訓練を体験した結果がこの日のステージを快適に彩ったと言ってもよいだろう。

後半は珍しくも、譜面台を用意し、鈴木広志と東涼太のクラシカルなデュオ演奏で始まったが、たとえば上記の演奏曲を一瞥してもらえばお分かりのように、「ぼくと父さんと父さん」とか、「青髭夫人」や「強さ固さ長き角度」とか、「十一種」や「イワシタズ・ニュー・ジンジャー」など、会場にいても曲の意味がほとんどわからなかったくらいだから、そのことにここで注文をつけても無意味としか言いようがない。まして「黒田清子の1日」なんて、水谷はユーモラスに説明していたが、追っかけでもない私のようなファンに理解できるわけもない。

むしろアンコールで披露した3曲の方が分かりやすく、彼らの曲に対する調理法のユニークさが痛快だった。「チーク・トゥ・チーク」はアーヴィング・バーリンの傑作で、シナトラをはじめトニー・ベネットやサッチモら多くのシンガーのの快唱が心に残っているから、水谷が歌おうが他のメンバーが歌おうが構わない。最後に締めくくった「おお、ひばり」。作曲者はメンデルスゾーンだが、昔から日本で愛唱されてきた通りのざっくばらんさで歌いきって締めくくったところが、むしろ「東京中低域」のざっくばらんな可笑しさで微笑ましかった。かくして「東京中低域」のステージを楽しんだ2時間余が気持ちよく終わった。(2019年6月25日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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