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Concerts/Live ShowsJazz Right NowNo. 259

#1106 トム・ブランカート+ルイーズ・ジェンセン+今西紅雪+田中悠美子

Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa

2019年9月29日(日) 千葉県市川市・cooljojo

Louise Dam Eckardt Jensen (as, voice)
Tom Blancarte (b)
今西紅雪 Kohsetsu Imanishi (箏)
Guest: 田中悠美子 Yumiko Tanaka (三味線)

トム・ブランカートはニューヨークでもピーター・エヴァンス(トランペット)やブランドン・シーブルック(ギター、バンジョー)らノイズ/アヴァン系のひときわユニークなミュージシャンたちとの共演で知られている。彼のパートナーがサックスを吹くルイーズ・ダム・エッカート・ジェンセンであり、彼女もまたシーンの中で足跡を残してきている。この夫婦はThe Home of Easy Creditというデュオユニットを組み、また、シーブルック、ドラムスのケヴィン・シェイとバンドSweet Banditryで活動している。

来日にあたり、シェイが、今年の4月に日本でTalibam!(キーターのマット・モッテルとのデュオユニット)として共演し好印象を持っていた今西紅雪(箏)を、彼らに紹介した。4月の前に筆者がTalibam!に相談され、共演を今西に打診したのは、前年のJAZZ ARTせんがわ2018におけるピーター・エヴァンスとの今西の共演ぶりに強く惹かれていたからに他ならない。そして今回、今西は、田中悠美子にゲスト参加しないかと誘いの声をかけた。もとよりTalibam!も田中に興味を持っていた。

だが、何もこれが特別な関係作りの過程だとは言えまい。特に即興音楽はその創出と展開のあり方がコミュニティ・ベースドの性格を持っている。従って、縁と共演とが音楽性の文脈で連なっていく結果としてその時点でのギグがある。

演奏はブランカートのベースソロから始まった。弓で高低を混ぜ、次第に指で弾いて重層的なものにしてゆき、隣の今西と田中とがどのように関与するか想像しているのか、じっとそれを見つめている。箏が入り、ベースがそれに合わせるが、どちらともなく激しくなってきた。ブランカートは3本の棒を使って弦へのアプローチを多彩なものとし、箏は周波数も音量も幅を拡張する。そのように跳ねるサウンドの中に田中が参入した。

ここからは3人による弦の悦楽だ。ときに奇妙な音が聴こえると気付くと、それは田中の三味線であった。ハーモニーがあり、騒乱があった。ブランカートは緩やかな低音により重力を集め、今西はきらめきを与えた。3人の弦がそれぞれ異なる色の血液となって、生命の大きなうねりを創り出した。

セカンドセットはジェンセンのソロから始まった。息を多く使い、そこから管の内奥を引っ掻き唸るようなアルトだ。彼女はマウスピースを外したり、ネックを外したり、マウスピースを本体に直結させたりと、さまざまな工夫を施す。現在の即興サックス奏者でもそのようなことを行う者は決して稀ではない。だが、その音の独自性は内的な発展によるものであり、形式によるものではない。彼女が語ったところによれば、長くアルト1本のみを使える状況にあって、そこから多彩な表現を模索した結果だという。ここにブランカートが加わり、弦の音量の出し入れや撥音を使い、アルトの揺れ動きに呼応してみせた。

そして4人での共演となった。田中の三味線の引っ掻きから始まり、ブランカートは高音でサウンドの隙間に侵入するという、ベースらしからぬ策動を行う。ジェンセンは本体だけのアルトからドスの効いた音を放ち、それが消えた空間に箏の音が残響となって聴こえる。今西の箏はときにキーボードのようでもあり、音風景を一変させる力を持っている。これに対して、田中の三味線は迫力を持ってサウンドの中で何度も事件を引き起こす。コントラバスのピチカート、箏のなめらかな流れ、時間進行のレール上で置き石となる三味線、これらからなる弦の重なりの中に、アルトがえぐるように介入する。

演奏は収束しそうでいて終わらない。アルトは野太さで音の重心を下げ、田中の弦の撥音と叫びとに触発されたように、ジェンセンもまた叫んだ。今西もタイのサロー用のものを大きく誂えた弓を使いもして、呼応する。これはファーストセットの悦楽的な重なりとは異なったかたちであり、事件と次の音の連鎖としての即興であった。

現在、ブランカートとジェンセンのふたりは、ジェンセンの祖国であるデンマークに住む(ブランカートはテキサス生まれである)。必要なときにニューヨークにでも日本にでも旅に来て演奏すればよい。ニューヨークの先鋭ジャズ/即興シーンを象徴する存在のひとりであったピーター・エヴァンスでさえ、昨年末に物価が高いニューヨークを離れてポルトガルに住み、欧米を移動しては演奏を続けている。そして、このようなあり方は彼らに限ったものではない。今回、ジェンセンには東京で尺八を学ぶという目的もあり、半分は演奏ツアーではない旅としてやってきた。ブランカートは、移動が多いためにコンパクトなアップライトのベースを常に使っているという。

ノマドとまで言ってしまうと大袈裟かもしれないが、国境など軽々と越えてしまう移動や縁と即興音楽とはただならぬ関係を持っている。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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