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Concerts/Live ShowsNo. 261

#1117 八木隆幸トリオ

text by Masahiko Yuh 悠雅彦
photo by Yoko Takemura 竹村洋子

2019年11月23日(土曜日)20時30分 Adirondack Cafe/神保町

八木隆幸 (piano)
伊藤勇司 (bass)
二本松義史 (drums)

1st Set:
1.    セレニティー
2.    アリオーソ
3.    アイム・ゲティン・センティメンタル・オーバー・ユー(僕はセンチになったよ)
4.    ネイチュア・ボーイ
5.    ホワット・イズ・ジス・シング・コールド・ラヴ(恋とは何でしょう)

2nd Set:
1.    ストールン・モーメンツ
2.    AON
3.    ファースト・ソング
4.    スウィート・アンド・ラヴリー
5.    エスターテ(夏)
6.    コンゴ・ブルー
7.    マトリックス

Encore:
マック・ザ・ナイフ(匕首マッキー)/モリタート


前々回のJazz Tokyo でピアノの八木隆幸率いるトリオが発表したCDをご紹介した。これは今年の3月5日と5月7日の両日、神田・神保町のライヴハウス、アディロンダック・カフェでのライヴ演奏をCD化したものだった。そのアディロンダック・カフェで八木隆幸トリオがライヴ演奏を披露すると聞いて、これは個人的には謎だった幾つかの事柄を確かめるまたとない機会と思って、声をかけてくれた竹村洋子さんと待ち合わせ、アディロンダックの人となった。すでに15人も入ったらフル・テーブルとなりそうな店内には、多くのファンがテーブルを囲んで八木隆幸トリオの登場を今や遅しと待ち構えている。前号のJazz Tokyoでサウンド面から及川公生氏が論評なさっているので、期せずして Jazz Tokyo から二人の筆者がこのライヴ演奏を執筆することになった(結果的に、竹村洋子さんには写真を担当していただくことになった)。この時点では竹村洋子さんが執筆されるかどうかは伺っていない。

最初のセットは今は亡きテナー奏者ジョー・ヘンダーソンのオリジナル曲で始まった。かつては仲間内で”ジョーヘン”と愛称していたこのテナー奏者はたまたま私と同じ歳でもあったせいか、彼の作ったオリジナル曲には好きな曲が多かった。2曲めはジョーヘンとほぼ同じころ活躍したジェームス・ウィリアムスの「アリオーソ」。このピアニストのCDには入っていない曲だとの説明が八木隆幸氏からあった。速いテンポのワルツ曲だ。

それにしても、ピアノがいい音で鳴る。とてもアップライト・ピアノとは思えない。八木が弾き慣れていることとあわせ、このピアノに心血を注ぎ込んで演奏しているピアニストに、何と楽器のピアノまでが波長を合わせていることを私は密かに確信した。ベースの伊藤勇司も、ドラムスの二本松義史も、テクニックもさることながら八木とのコンビネーションを決して壊すことのないクレバーな対応を展開して聴く者を唸らせる。ベースの伊藤は見ている者にはいかにも豪快に楽器を操っているように見えるが、抜群の音程の正確さで、ときにはコマネズミのように4本の弦を縫って走り回る。ときによってはベース奏者の額から汗の玉がこぼれ落ちているときなどまるで弦を弾く指の先から噴き出しているように見えることがある。

この夜の演奏は、八木隆幸、伊藤勇司、二本松義史からなる八木隆幸トリオの新作(八木自身にとって第11作、『Matrix / Live at the Adirondack Cafe』nob’s disk)の、いわばお披露目コンサート。CDは前述したように去る3月5日と5月7日のライヴ演奏を収録したもの。すなわちこの夜のライヴは約半年前の演奏の再現ということになる。ちなみに、地下鉄の「神保町」からものの数分で足の便もいいし、マスターの滝沢理・聖子夫妻の気さくなもてなしと美味しい料理を楽しみながら、洗練されたアコースティック・ジャズの演奏と良質な音響を満喫する一夜はまさに格別。実際、この狭い空間で、こんないい音のジャズが楽しめるなんてとても信じられないくらいだ。音質については先月、及川公生氏が指摘しておられたので、ぜひもう一度読み返して欲しい。

後半の演奏はCDの3曲めに入っているオリヴァー・ネルソンの「ストールン・モーメンツ」で始まった。このトリオはどの演奏でも全力でアタックするし、のみならず決していい加減な妥協はしない。3者とも自分のソロになれば、まさに妥協をしない典型のような演奏をする。

2曲めはハロルド・メイバーンの「AON」。メイバーンはハード・バップ時代の名黒人ピアニストだが、この夜の約2ヶ月前の9月19日に病没した。84歳だった。いかつい感じながら実に穏やかな紳士だったことを思い出す。恐らく八木は急遽彼の死を悼んで彼のオリジナル曲を選び、予定曲と差し替えたのだろう。速いフォアビート演奏だが、八木の15コーラス・ソロといい、二本松の12コーラス・ソロといい、迫真的な演奏だった。

3曲めの「ファースト・ソング」も5曲めの「エスターテ」もともにCDには入っていない。後者は客人のリクエストこたえた選曲だと八木はアナウンスした。一方、前者は故チャーリー・ヘイデンのよく知られたバラード。8小節を繰り返す曲だが、ここではベースの伊藤と八木が各2コーラスのソロをとる。ヘイデンとも親しくお付き合いした思い出があり、まぶたが熱くなった。そして最後はCDのタイトル曲「マトリックス」。CDよりも速い4ビートで、八木と伊藤がソロをとる。それにしても、何度も強調したくなるほど、とてもアップライト・ピアノとは思えない張りのある美しいピアノの音を終始、八木隆幸、伊藤勇司、二本松義史らトリオの真摯かつ誠実な演奏を通して満喫した。

そしてアンコール。八木トリオが選んだ曲はクルト・ワイル作曲の「モリタート」だった。
「モリタート」すなわち「マック・ザ・ナイフ」、「匕首マッキー」。中庸の4ビートで、あの恐らくは誰もが口ずさめる旋律が流れた瞬間、店のすべての人々の顔に微笑ましい笑みと屈託ない表情が横溢した。ソロは八木と伊藤。テーマに戻る前に伊藤勇司が4コーラスのソロで締めくくり、席を埋めた人々の大きな拍手喝采の中でカーテンが下りた。(2019年12月4日記)

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CDレヴュー(悠雅彦):
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-45953/
録音評(及川公生):
https://jazztokyo.org/reviews/kimio-oikawa-reviews/post-46588/

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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