#1149 加納美佐子 JAZZ PIANO TRIO ~あのトリオが帰ってきた!~
Text and photos by Akira Saito 齊藤聡
2020年10月16日(金) 川崎市・溝ノ口劇場
加納美佐子 (p)
吉野弘志 (b)
池長一美 (ds)
1. My Romance(Rodgers/Hart)
2. ピアノソナタ第8番(悲愴)(Beethoven)
3. If I Should Lose You(Rainger/Robin)
4. Oblivion(Piazzolla)
5. It’s Not Funny, Potato Soldiers!(Kano)
6. Imagine(Lennon)
7. Things Unseen(Kano)
8. 通りゃんせ(Japanese traditional)
9. Peace(Kano)
10. All Blues(Davis)
11. Tennessee Waltz(King/Stewart)
加納美佐子は90年代の終わりころにトマス・チェイピン、デイヴ・リーブマンたちとの共演盤を出し、リアルタイムの先鋭ニューヨーク・シーンでばりばりと活躍する日本人プレイヤーがいるという驚きとともに注目された。もちろんニューヨーク、日本人、女性といったような要素自体は音楽そのものとはあまり関係がない。だが、当時は日本からのプロモーション先行の「ジャズ」にうんざりさせられることが少なくなかったのである。ともかく『Watch Out』、『Breakthrew』、『3 Purple Circles』は傑作アルバムだった。
その後、加納はシーンから忽然と姿を消した。吉岡美佐子の名前でときどき演奏をしていると聞いたのは数年前のことである。そしてこの10月になり、突然彼女は復活宣言を出し、コンサートを開いた。「あのトリオが帰ってきた」との副題は、およそ20年前に日本で組んでいたトリオと同じメンバーだということを意味した。
演奏は<My Romance>から始まった。加納は悠然とイントロを弾いたが、何しろ20年間である。トリオの間合いが確認できると安堵したようにみえた。続いて、驚いたことにベートーヴェンの<ピアノソナタ第8番(悲愴)>を選んだのだが、吉野らしい奥深い音色のソロの後、加納が主導してジャズのノリを持ち込んだ流れはみごと。<If I Should Lose You>は、この曲にしては風変りなスピーディな展開であり(ジェリ・アレン『Twenty One』における同曲の演奏にも感心させられたものだが、それよりも)、風のようにシンバルを鳴らす池長への吉野の視線に信頼のようなものが感じられた。ピアソラの<Oblivion>において夜の人いきれの雰囲気を創り出した後、オリジナル<It’s Not Funny, Potato Soldiers!>でセットを締めた。食べ物どうしのたたかいをイメージした曲であり、加納のコミカルな左手に吉野と池長が重ねていった。吉野のピチカート、池長の手でのドラミングが気持ちのよいグルーヴを創り出した。池長はリズムパターンも変えて芸が細かい。
セカンドセット冒頭、ジョン・レノンの<Imagine>は、三者が十分な隙間の中を泳いでは出逢うような雰囲気であり、加納の跳ねるようなタッチと少し複雑な和音がおもしろい。オリジナル<Things Unseen>は産まれる前の子を思って書いた曲だそうであり、美しくも不安でもある未来がみえるようだ。ミロンガ風にアレンジされた童歌<通りゃんせ>を経て、このコロナ禍の中で書かれた<Peace>ではジャズの快感と熱さとを詰めてくれた。<Shenandoah>のようなアメリカーナをも彷彿させるのは、やはりコロナ禍で苦しむアメリカへの想いかもしれなかった。そして<All Blues>は6拍子でアレンジされたものであり、三者がアイコンタクトをしながら素晴らしく噛み合い、潔く終えた。アンコールに応えて演奏した<Tennessee Waltz>は、敢えて観客のなつかしさを喚起しようとして選んだのだろう。旋律を口ずさむ声が客席から聴こえてきた。
オリジナルとジャズスタンダードとをまじえ、制度としての「ジャズ」の再現ではなく、創意を漲らせて新しいサウンドを創り出すさまは、90年代のアルバムと共通している。今後もライヴ活動を積極的に展開してほしい。
(文中敬称略)