#631 .es(ドットエス)LIVE IN TOKYO 2013
text & photos by 剛田武 Takeshi Goda
2013年12月14日(土) 新大久保EARTHDOM
出演:.es/INCAPACITANTS/魔術の庭
2013年12月15日(日) 池ノ上 BAR GARI GARI
出演:T.美川 & .es/Tangerine Dream Syndicate/浦邊雅祥/冷泉
.es [DOTES]:
橋本孝之(as, g, hca etc.)
sara(pf, perc, dance etc.)
INCAPACITANTS:
美川俊治(electronics)
コサカイフミオ(electronics)
魔術の庭:
Fukuoka Rinji(vo, g)
Kawai Wataru(g)
Lewis Inage(b)
Morohashi Shigeki(ds)
Tangerine Dream Syndicate:
Johnny Conrad, Dee Dee Conrad, Tommy Conrad, Barbara Zazeela
浦邊雅祥(as, g, etc.)
冷泉(g)
注目の関西即興デュオ.es(ドットエス)の東京公演2デイズ。2009年の結成から現在まで本拠地のギャラリーノマルを中心に数多くのライヴを行い、関東のアーティストや即興音楽ファンの間でも評判を呼び、東京でのライヴを待望する声が高かったので、待望の東京ツアーである。美川俊治(インキャパシタンツ/非常階段)とのコラボCD『T. Mikawa & .es/September 2012』と橋本孝之のソロCD『橋本孝之 TAKAYUKI HASHIMOTO/COLOURFUL – ALTO SAXOPHONE IMPROVISATION』のCD発売記念ライヴでもある。ツアーをアレンジしたのはロックバンド魔術の庭の福岡林嗣。ライヴの環境への理解はもちろん、演奏家として共通意識があるだけに、二日間バランスのいい企画になった。
2013年12月14日(土) 新大久保EARTHDOM
出演:.es/INCAPACITANTS/魔術の庭
●INCAPACITANTS
初日はパンク/ハードコア/ノイズ/サイケデリック等爆音ロックの聖地、新大久保アースダム。 肉体派ノイズの雄、インキャパシタンツには馴染みの場所である。巨漢のコサカイ用にエフェクター・テーブルがビールケースの上に設置してあるのが面白い。凸凹師弟デュオの演奏は熱血ストロングスタイル。耳を圧する轟音ノイズが、ふたりの身体の動きにピッタリ連動して変化するのが特徴。直立不動で演奏するラップトップ・ノイジシャンが増えているが、インキャパシタンツのアクション・ペインティングならぬアクション・ノイジングは突出してエモーショナル。これほど感情に訴えかける電子音楽は他には無い。気合一本、直球ノイズ、燃える闘魂が産んだ激し過ぎる30分だった。
●.es(ドットエス)
出会いから2年、やっと.esを生で体験する機会に恵まれた。橋本孝之はファーの付いたブラックコート、saraはエレガントなフラメンコ風ロングドレスとスタイリッシュなふたりは、インプロ界随一の美形デュオといえるだろう。イン キャパシタンツが残した高密度の空気を引き裂くサックスのフリークトーンを、ピアノの乱れ打ちが煽り、更なるハイブロウへと誘導する。足を広げ上半身を激しくバンギングしてサックスを吹き鳴らす橋本の姿に、シャウトするハードロック・シンガーがオーヴァーラップする。鍵盤の端から端へ身体全体を使って動き回るsaraはさながら魔女の如し。無調音楽の冷徹さで空間を埋めるピアノ演奏にジャズの要素は殆ど無い。サックスのフレーズは歌になることなく、せいぜい散文詩に帰結するのみ。メロディが無いにも拘らず、心を締めつけるロマティシズムに溢れている。ふたりの身体の動きがサウンドに直結している点でインキャパシタンツと瓜二つである。即物化された音響は、ジャズというよりノイズに近いかもしれない。
●魔術の庭
福岡林嗣率いるサイケデリックロックの雄。前身のオーヴァーハング・パーティー時代の曲を含め、長尺で自由度の高い演奏で聴き手の精神を拡大する。一般に轟音のギター・サウンドが特徴と評されるが、それよりもしっかりしたメロディと不条理をテーマにした歌詞こそ彼らの真骨頂だろう。延々と繰り返される単純なリフに意識が朦朧となり、耳を圧するファズギターと一緒に空中に溶けて行く気がする。精神拡張効果は真のサイケデリックであり、ノイズと同質の酩酊感を持つ。
●セッション
最後に出演者全員でセッション。魔術の庭の楽曲がベースとなるが、歌メロを浸食する暴虐ノイズが圧倒的な破壊力を発揮する。各自フルボリュームでの演奏が恐ろしいほどの振動となって鼓膜を圧迫し脳神経を麻痺させる。25分の狂乱の果てのなしくずし的な終焉後、その場に居た者殆どが急性難聴と奥深い頭痛に襲われることとなった。
この日出演の三者に共通していたのは紛れもない「ブルース」だった。激しい電子ノイズの奥に光る魂の死闘、アコースティック演奏が産むノイジーなカオス、ファズギターのノイズに乗せた天空のメロディ。いずれもが肉体と魂からダイレクトに発せられる真の意味での「ブルース」を体現していた。人間の感情がノイズの中に響き渡った一夜だった。
2013年12月15日(日) 池ノ上 BAR GARI GARI
出演:T.美川 & .es/Tangerine Dream Syndicate/浦邊雅祥/冷泉
二日目はアンビエント&ノイズ・ナイト。GARI GARIの名前はずいぶん前から知っていたが訪れたのは初めて。池ノ上の駅前に雑多なピンナップやポスターを貼り巡らせた看板がある。ただならぬオーラに惹き寄せられて階段を下り、映画やプロレスのチラシがコラージュされた扉を開くと、時間軸の歪んだ魔窟が広がっていた。地下音楽愛好家にとって、混沌としたガラクタに囲まれて演奏に浸る歓びは格別である。
●Tangerine Dream Syndicate
地下音楽界の選抜メンバーによる覆面ユニット。元々はノイズバンドC.C.C.C.とロックバンドOverhang Partyの合体ユニットである。現在のメンバーはコサカイフミオ(インキャパシタンツ/宇宙エンジン)、長久保隆一(宇宙エンジン/ゆらぎ)、福岡林嗣(魔術の庭)、Sachiko(VAVA KITORA)の4人。スタンドに吊り下げられた金属板や金網、多種多様なエフェクター、ギター、チェロ、アコースティックベースなど雑多な楽器を操る。小杉武久のタージ・マハル旅行団のノイズ版と考えれば分かり易い。2001年にアルケミーレコードのInner Mindシリーズの1枚として『III Violins For III Stooges』というCDをリリースした彼らのライヴ活動は散発的。生で観られたのは幸運だった。無国籍エスニック音楽とチベット密教読経とアンビエントミュージックが融合された音響が、壁一面に貼られたピンナップやチラシを振動させた。
●浦邊雅祥
90年代以降のサックス・インプロヴァイザーとして、他の追随を許さない不動の個性派。小柄な身体全体から絞り出す情念は、浦邊の身も心も引き攣るような四肢の動きを眼の前にした時、最大のインパクトを発揮する。楽器があろうと無かろうと、その呪縛力に違いは無い。重い鎖を身に打ち付ける。殴り掛かるように客席に乱入する。観客の頭を抱きかかえる。ギターを貢ぎ物のように掲げ持つ。ハーモニカで弦を擦り、鋭利な金属音で軋ませる。口の端で銜えたマウスピースが悲鳴を上げる。一挙一動が連続写真のように網膜に刻まれ、メタリックな音響が鼓膜に突き刺さる。GARI GARIという魔境に於いても浦邊の肉体は特異であった。
●冷泉
4人組ドローン・バンドNeraeのリーダーだった冷泉淳のソロ・ユニット。自主制作やPSFレコードからリリースされた数作のCDが海外で評価され、スウェーデンのレーベルから12インチEPがリリースされたばかり。静かでドローン・サイケ感のあるギターの即興演奏は究極のストイック。暗い照明の中で座り込んでギターを抱えた姿は判別出来ない。存在するのは音だけ。ボーンという単音が一定の間隔で反復される。一音一音細心の注意を使って丁寧に奏でられ、高度に抽象化された音世界は極めて冷徹な空間だった。
●T.美川+.es
2012年9月2日大阪で初共演を果たしたトリオが1年3ヶ月ぶりに東京で再会。共演は3回目なので、最初の緊張感は信頼感に変わっただろうが、演奏は初期衝動を湛えた真剣勝負。濃厚な空気を突き抜けるナイフのようなサックス、空気を浸食する無機質な電子雑音、陥穽を穿つ鍵盤が絡み合う。ハーモニカのメロディはマイナー調だが、感情の起伏は巧妙に隠されている。デュオ演奏で感じたノイズ的な即物性は、美川の肉体派電子音響と相俟って、エロティックな官能をも感じさせる祝祭空間を現出させた。
田中泯に「場所で踊るのではなく、場所を踊る」というテーマによる「場踊り」という舞いがある。二日間の公演で実感したのは、.esは「場所で演奏するのではなく、場所を演奏する」ユニットだということだった。ギャラリー、ライヴハウス、見世物小屋、場末の飲み屋、都会の雑踏、森の中...様々な場所で彼らのパフォーマンスを観てみたいと思った。(2014年1月14日記)
初出: No. 194, 2014年1月26日