#1217 新生 声のことばの勉強会公演/群読 平家物語(抄)/百万回生きたねこ
2022年5月14日(土)@横浜馬車道十番館4階ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photos by 新生 声のことばの勉強会
出演:声のことばの勉強会メンバー(演出/構成:児玉顕栄)/鎌田俊夫/久下洋子/倉持暁子/澤田一治/清水春美/土屋誠/土岐志のぶ/富沢好乃/西澤黎/根本佐知子/野島悠美/林瑠美子/堀越幸子/松島邦
プログラム:
群読『平家物語(抄)』構成・演出:児玉顕栄
橋合戦(四之巻)より
一の谷の合戦(九之巻)より
生田の森(九之巻)より
壇ノ浦の合戦(十一之巻)より
〈休憩〉
音楽とのコラボレーション『百万回生きたねこ』
ピアノ:林あけみ
サックス:金剛督
「新生 声のことばの勉強会」の元をたどれば、1967年に木下順二と山本安英によって結成された「ことばの勉強会」にまで遡る。主催の児玉朗と西本朝子(この日は本名の児玉顕栄で構成と演出を担当)は、この「ことばの勉強会」のメンバーであった。歴史ある馬車道十番館で開催された本公演は、前半が「新生 声のことばの勉強会」のメンバー14名による『平家物語(抄)』の群読、後半が「シャンティ・ドラゴン」こと金剛督(サックス)と林あけみ(ピアノ)が参画しての、ことばと音とのコラボレーション。佐野洋子の名作絵本『百万回生きたねこ』がかたり読みと音楽でつづられる。児玉/西本とシャンティ・ドラゴンとの初コラボが2002年であるから、こちらもすでに20周年を迎えている。
『平家物語』の群読は、近頃は教育現場で実践されることもあるらしい。なるほど、古文を声に出してよみ身体に叩き込む行程は、ことばを聴取する対象として突き放しつつ、その意味を飲み下してゆくことだ。肉体をともなう「実感」によって想像力が錬磨される。朗読の合奏版ともいえる「群読」は、合戦シーンが抽出されたこの日の構成で一層効果を増す。古くは琵琶法師によって語り継がれ、今日では様々な即興音楽や表現にも採り上げられる『平家物語』であるが、「言の葉」だけでリアリティを醸し出すことは、メロディや器楽の伴走を得るときよりも難しい。響きの観点からいえば、平坦でドラマ性にとぼしい日本語であるからこそ、全ては各々の話者がもつ声の「磁力」に委ねられる一本勝負。声の強度とは、単なる音量的な弱強やコントロールの巧みさとは性質を異にする。
その声は皮膚感覚で共感を呼び覚ますか。
それはことばとして心に届くか。
ことばが意味を保持したまま、空気を震わせストレートに届くこと。ことばと音、両者の境界が溶け合ったときに放たれる威力。
返す返すも残念なのは、コロナ禍という条件下、話者全員がマスク着用であったこと。各人がたずさえる豊かな人生経験の発露が、布一枚によって籠ってしまった面は否めない。しかしながら物語としての本懐は、全員の声音(こわね)が揃うトゥッティにではなく、その合間の余白に揺蕩う「ことばにならない」何かであろう。回数を重ねることによってのみ、ヴェルヴェットのように練れてくる境地があるはずだ。期待とともに、ことばによる芸の峻厳さに想いを馳せる。
後半の『百万回生きたねこ』。音楽によって物語は封切られ、ソロまたはペアによる朗読が、ストーリー展開に沿って音楽と交互につづられる。この作品が万人に愛される所以は、そのシンプルさにある。すべての人の渇望が、一身に集約される「立派なとらねこ」。自分第一で他を信じず、幾度も生まれ変わりを繰り返してきた猫が、たった一匹の雌猫と出会い、初めて自分以上の存在を得る。その愛するもの亡き後の世界には二度と生き帰らなかった、という至高のストーリー。金剛(ソプラノ&テナーサックス)と林の音楽は、美しく浸透力抜群の音でそれぞれの情景を鮮やかに切り取りながら、そっと示唆する。どんなに強音でも力みとは対極にあるまろやかで深い音。螺鈿(らでん)のようなきらめきを表層に湛えつつ、すっと肌に吸収されるあたたかなピアノの音色。その自然に湧き出る詩情は、オートマティズムのようでありながら、裏を返せば無意識裡で得られたコントロールという得難い境地。猫が野良猫として初めて自由を得るシーン、白猫との出会いとその死、そして自らの最後の死-これらの場面では金剛のサックスはテナーに持ち替えられ、文字通り腹の底からの自由や慈愛、痛快さ、悲哀が空間を駆けてゆく。ラストは鎮魂のロングトーン。吹き抜ける寄る辺なさに、生の無頼さが皮膚を掠める。かたり読む朗読者たちも、物語の推移とともに演劇的な要素を増してゆく。ことばと音が同地平で溶け合い、スパークする幸福な瞬間も。
かたり読むこと。メロディを編み奏でること。双方ともシンプルな営みではあるが、捻りもない代わりに天井もない世界。それらは誰に向けて放たれたものなのか―その一点を照射しつつ、表現というもののラディカルな本質を突く。(*文中敬称略)
関連リンク:
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-38643/