#1221 ハイパー能「菖蒲冠(あやめこふふり)」
text by 剛田武 Takeshi Goda
photos by 船木和倖 Kazuyuki Funaki
6月4日(土) 神奈川・川崎市 生田緑地(菖蒲園)
■原作・脚本・主演:桜井真樹子
●キャスト
少年・斎王:桜井真樹子
少年・花苑司:吉松章
地謡:櫻井元希、金沢青児、柳嶋耕太
ハープ・カンテレ・ポリゴノーラ・打楽器:灰野敬二
伝統と革新、自然と芸術が共存するハイパー・アートの極み。
ハイパー能とは桜井真樹子の書き下ろしのストーリーを持った舞台芸術で、能楽師以外のアーティストとミュージシャンによる新時代の能楽である。声明や白拍子といった古代日本の女性歌謡と舞踊を研究し、当時の美意識と思想を現代人にも理解しやすい形態で伝えることを目指す桜井の表現活動の集大成と言えるだろう。2019年8月に披露されたハイパー能『睡蓮』では、シテ:桜井真樹子(妖精、ジャンヌ・ダルク、龍笛)、ワキ:灰野敬二(クロード・モネ、ポリゴノーラ)、後見:加藤ひろえ(蓮、生け花)による、時代/国籍/表現スタイル/ジャンルを文字通り超越した汎芸術舞台を見せてくれた。
それから3年を経て完成したハイパー能の新作が本作『菖蒲冠(あやめこふふり)』である。現世での二人の少年の出会いと、二人の前世である斎王と官司の夢の中の語り合いを描いた二幕のストーリーは、男女の性を超えて、人としての恋愛の感情を抱くことの美しさ、そこに芸術的表現が宿ることを証明しようとしたという。音楽に前作『睡蓮』に続き灰野敬二、ワキに喜多流の能をリチャード・エマートに師事する歌舞パフォーマーの吉松章、地謡メンバーには中世ヨーロッパの合唱曲を専門とする声楽家3人を起用。そのうちのひとり櫻井元希は、桜井真樹子の実の甥である。会場は川崎市最大の緑地公園・生田緑地にある菖蒲園の池にかかる橋の上。観客は菖蒲の花が咲き乱れる池の対岸から舞台を眺めるという風流な趣向。梅雨の時期で天気が心配されたが、幸運にも朝から快晴、汗ばむほどの暑さに熱中症が心配されるほどの好天だった。
灰野が爪弾くハープの鮮烈な音が池の上に流れ出す。繊細な音をクリアに再生する音響システムの素晴らしさ。上手から橋を渡って演者が登場する。元々能の舞台は野外に作られていたというから、まさに本作の舞台である平安時代と同じ観覧スタイル。犬の吠え声や野鳥の鳴き声が演奏・歌唱と共存し、芸術と自然がひとつになれる理想的な環境である。吉松と桜井の謡と舞、地謡コーラス、ハープとダフ(大型のタンバリン)の演奏で展開される前幕は、能の流儀に則った優雅で古風な伝統芸能の魅力に酔った。
幕間の灰野のカンテレと幻想的な歌が、菖蒲園と観客を現世から幽玄へと導く橋渡しの役目を果たす。夢の中での前世の二人が語り合い、男(皇子)に生まれ女(皇女)として生きて死んだという真実が告白される後幕では、地謡の3人が中世ヨーロッパ風ポリフォニー・モテットを合唱し、桜井の朗々とした独唱を交えたオペレッタへと変貌する国と時代を超越した展開に突入。灰野のポリゴノーラが鳴り響き、吉松と桜井が舞台狭しと舞い踊る大団円は、能楽というより田楽と呼ぶべきか。ポリゴノーラの開発者の植物学者・櫻井直樹は桜井真樹子の兄であり、櫻井元希の父である。そんな所縁(血縁?)のある楽器の鋭角的な音が、静寂に満ちた舞台芸術のエンディングを飾ったことが、伝統と革新が共存するハイパー能の有意性を象徴しているように感じた。(2022年6月28日記)
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