#1227 坂田明&伊藤志宏デュオ
2022年7月30日(土)成城学園カフェ・ブールマンス
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photo courtesy of cafeBeulmans
出演;
坂田明 (アルトサックス、クラリネット、鈴)
伊藤志宏(ピアノ)
上質な空間で意欲的なライヴを企画している成城学園のCafe Beulmans(カフェ・ブールマンス)。クラシックからフリージャズまで縦横無尽なプログラムが日々展開される。店主によればこの日の組み合わせは「合わない」との下馬評だったらしいが、そうした先入観を覆してみたくなるのが企画者魂というものだ。
タイプは違えど圧倒的な場数をこなしているミュージシャン同士であるから、合う合わないを超越した流れは生まれるだろうと確信はするものの、「当日はじめまして」のふたりが探り合いつつ進行してゆく40分強の即興2本を、ファンは固唾をのんで見守る。「怖いもの見たさ」にも似たスリル。
換骨奪胎を繰り返した先に表現が行きつくところは「色」なのだろう。音楽でいえば音色(おんしょく)。しかしながら、それだけで魅せる次元はとてつもなく遠く高い。一見誰でも描けそうな抽象画の、巨匠の一筆が尊いのにも似ている。この伎倆やら経験やら天分の音楽性やらすべてを含み込む「音色」において、坂田明と伊藤志宏ほど極めた存在は稀有なのだ。だからこそ、その邂逅を目撃したくてたまらなくなる。
俊足のストローク。やすやすと勃興するように見える音の交錯の狭間から、とんでもない情景を垣間見せてしまう。ソロ部分では、相手を尊重しつつ耳を澄ます静謐なテンションがビリビリと客席に伝わる。沈黙にも声。ふと気がつけばこれは、人間関係の肝となる寛容さ(tolerance)の縮図そのもので、我々の社会に一番欠けているものかもしれないと肌で感じる。
後半はクラリネットに持ち替え。冒頭の「鈴ならし」で時空はどこか民話的なコブシの世界を仄めかすも、ピアノの無機質なモチーフ展開がフリージャズ的に西洋性の際(きわ)をなぞる。伊藤志宏の極上の音色だからこそ生まれ得る屹立した香気が空気を覆う。大団円は坂田ヴォイスによる『どんぐりころころ』が炸裂。今更言うまでもないが、坂田明にとって楽器の別はほとんど意味をなさない。アルト、クラリネット、鈴、ヴォイスの境い目はなく、すべては坂田明という広大な音楽空間に収斂され、吹き抜けた後には強烈な余韻しか残らない。それが何だったのかはわからない。気がつけば笑っている。
耽美から爆笑までのすさまじい振れ幅。喜怒哀楽のあいだを瞬時に駆け巡るサーキット。
アンコールはヘンリー・マンシーニの『ひまわり』。この場に及んでの濃厚なメロディの直球デュオは反則級に心に沁みる。
(*文中敬称略)
関連リンク;
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