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Jazz and Far Beyond

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Concerts/Live ShowsNo. 297

#1240 神田綾子+柳川芳命+内田静男

Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa
Movie by 宮部勝之 Katsuyuki Miyabe

2022年12月10日(土) 渋谷 Bar subterraneans

Ayako Kanda 神田綾子 (voice)
Homei Yanagawa 柳川芳命 (alto sax)
Shizuo Uchida 内田静男 (bass)

フリー・インプロヴィゼーションとひとことで括ることはどだい無理な話であり、なにがその場で行われているかについては演者自身にしか解らないことも、演者の自覚を超えて開かれた結果こそがものがたることもあるだろう。前者が後者の条件であるとは限らないが、少なくとも三者には明らかにそれがあった。

筆者は、アルトサックスの柳川芳命の音がこの数十年間で変貌してきたのかなと捉えていた。たとえば30年以上前に演奏されたサックスソロ『地と図 ‘91』(1991年)では、どこか内奥で鬱屈した情念がアジアンブルースとなって放出されているようであり、事実本人も「サックス本来のもつメロディー楽器としての機能に立ち戻り、「唄う」ことに視野を広げてみた」と書いている(*1)。若松孝二の映画『エンドレス・ワルツ』(1995年)において阿部薫役のアルトを吹き込んだのは柳川であり、なにも阿部と柳川とを重ね合わせる必要はないとしても、そのとき柳川が吹いた<アカシアの雨がやむとき>からは、阿部について柳川がいう「音を出す行為そのもので己を語ろうとした人」(*2)と同等のアンビバレントな力が伝わってくる。近年の柳川のプレイを聴いて感じられるのはうたよりも抽象的な音符の列であり、そこには、後進のインプロヴァイザーたちに共演の場を与え、さまざまな音を受け止めて質の高いサウンドとして完成させる意識が影響しているのかもしれないと考える。もとよりソロと共演とは異なるのだとしても(最近のソロ作『炎群』と『地と図’91』との違いはむしろ円熟にある)、この日の演奏に驚かされたのは、抽象的に構築される音に加え、禁を解いたかのように情念のうたも繰り出してきたことだった。高音のフラジオで攻める局面も新鮮だった。

おそらくこれは共演者の力量を柳川がみとめてのことだ。神田綾子はライヴにおいて共演者の提示する音を聴き、自身の音を紡ぎ、共演者に渡す。たとえば、柳川がとつぜん「日本」を場に持ち込んできたとき、内田静男が暗い「日本」の基層を感じさせる音で反応し、神田はそのふたりの音を受けて「日本」とは無関係なものを場に敷衍した。あるいは、柳川の高音のパルスを別のかたちに変え、内田に手渡した。内田とともに醸成した音を、敢えて混沌のままにとどめて柳川に手渡すこともあった。内田と柳川が意図的に眼前に撒き散らかした音を吸い寄せてこねてみせることもあった。神田にとって即応的なコミュニケーションはフリー・インプロヴィゼーションの欠かせない要素だということができる。もちろん神田発の叫びや囁きを隣のふたりにまるで白紙委任状のように手渡す場面もあって、これは逆に神田がふたりの対応を信じての行動だとみた。

内田静男はふたりとは初の手合わせである(柳川とは過去に対バンの機会があった)。闇の中で闇の暗さをさらに増すようなベースであり、筆者は、それが東京の地下音楽シーンで存在感を保ち続けるかれの得難い個性なのだと思っていた。この日も場のアウラを作り出し、闇が闇であるだけになにものかの気配や息遣いが現れては消えてゆく。それだけではなく、柳川と神田が跳躍すると内田もバネの瞬発力をみせ、柳川がさびしいブルースを吹くとそのさびしさは内田の弦によりいや増す。神田の物語への追走もみごとだった。

そして演奏は突然終焉を迎えた。これもまた三者の相互理解が得られたからにほかならない。

(文中敬称略)

(*1)柳川芳命『地と図’91』ライナーノーツ(1991年)
(*2)柳川芳命「1978年7月7日の阿部薫~以来断ち切れぬ影」(『阿部薫2020―僕の前に誰もいなかった』所収、文遊社、2020年)

映像(宮部勝之)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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