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Concerts/Live ShowsNo. 222

#913 Tokyo Big Band Directed by Jonathan Katz 東京ビッグバンド

2016年9月16日 東京・赤坂 B Flat
reported by Masahiko Yuh 悠 雅彦

Tokyo Big Band
tp:ルイス・ヴァレ Luis Valle 岡崎好朗 高瀬龍一 マイク・ザックヘヌクMike Zachenuk
tb:佐藤洋樹 高井天音 高橋真太郎 堂本雅
french horn:中澤幸宏 アッコ・タン Akko Tan
sax:スティーヴ・サックス Steve Sacks (as,ss,fl) 鈴木圭 (as,fl) 岡崎正典 (ts,fl)マーシャル・マクドナルド Marshall McDonald (ts,cl) 宮木謙介 (bs,b-cl)
rhythm:原とも也 (g) 宮上啓仁 (b) 加納樹麻(ds) ジョナサン・カッツJonathan Katz  (p,arr,comp,cond)

ブームという言い方はそぐわないかもしれないし、特に大きな話題となっているわけでもないが、わが国のジャズ界は今日、ビッグバンド人気で沸いているように見える。かつて美空ひばりでも江利チエミでも地方巡業に行くときは、判で押したように原信夫とシャープス&フラッツや宮間利之とニューハードが帯同した一昔前とは違って、今日の本邦音楽界におけるビッグバンド人気はさまざまなタイプのバンドが軒を列ねており、はた目にはそれぞれのサウンドやエキサイティングな盛り上がりを競いあっているように見えるほど活況を呈している。ただ、それが表立っていないだけだ。時には初めて屋号を目にするバンドもあるし、東京キューバン・ボーイズとアロー・ジャズ・オーケストラのように違う畑で活動しているビッグバンドがコンサートを共催する例もある。角田健一ビッグバンドのように、演奏曲の照準を歴史的なビッグバンド・ブームで沸いた往年のスイング時代に的を絞ったプログラムでファンの心を動かしているバンドもあれば、守屋純子オーケストラのように定期的にバンドの真価を問う意欲的なコンサートを催して喝采を博しているバンドもある。

そんな中で私が特に注目し、数少ない演奏会を楽しみにしているバンドが、Tokyo Big Band(東京ビッグバンド)。バンドをリードし演出しているのがピアニストのジョナサン・カッツ。一昔前、彼が尺八奏者のブルース・ヒューブナーとデュオを組んで活動していた”カンデラ”に親近感を覚えて以来、今日まで彼の真摯で柔らかな人柄に惹かれながら彼の音楽的変遷を眺めてきた。これまでピアノ・トリオをはじめとする彼のさまざまな演奏に触れてきたが、私にはこの東京ビッグバンドが一番。日本文化に興味を覚え、それをさらに深く知ろうと来日し、上智大学に入って以来、彼の日本への愛着と親近の情が少しづつ深まりながら自身の音楽の中で結実しつつあることを、このビッグバンドで演奏するよく知られた日本の楽曲への彼の編曲とオーケストレーションを通して知ったからでもある。現在、私が東京ビッグバンドに親しく接する機会は赤坂の<B Flat>をおいてないが、日本の現今一流プレイヤーをそろえたこのバンドの演奏はライヴハウスゆえの粗さはさておき、いつ聴いても刺激的で、教えられることも少なくない。この夜、久しぶりにメンバーを見て驚いた。何と現カウント・ベイシー楽団のリード・アルトをつとめるマーシャル・マクドナルドがホーン・セクションの一角にいるではないか。しかもテナー奏者として。4thトランペットのマイク・ザックヘヌクも初めて聴いたが、なかなかいい。

2曲目に演奏した「浜辺の歌」。成田為三のこの曲をジャズの演奏で聴く機会は今やほとんどない。だが、ジョナサンのスコアは優しい音と知的な香りのオーケストレーションが言い知れぬ芳香を放っていて、彼がいかに日本人が忘れ去りつつあるよき伝統に深い思いを注いでいるかを改めて思いつつ、ジンと心打たれるような感動を覚えた。スティーヴ・サックスが相変わらぬ元気さでセクションをリード。岡崎正典、鈴木圭とのフルート・アンサンブルが、マーシャル・マクドナルドと宮木謙介のクラ・アンサンブル(宮木はバス・クラリネット)と溶け合ったときの心地よさは格別で、特にベースの4ビートだけでしならせる全員のアンサンブル・リフは爽快だった。「浜辺の歌」は今やこのバンドの必須のレパートリーになったといっていいのではないか。アレンジのそこここにカッツの日本への愛情が顔をのぞかせる。

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3曲目が「カンデラ」。故ヒルトン・ルイスの作だと初めて知った。そうか。ヒューブナーとの「カンデラ」の源泉がこの曲だったか。

4曲目の「リンゴ追分」。今夜が初演ではないようだが、やがては「浜辺の歌」のように東京ビッグバンドの看板レパートリーになるだろうと期待する。ところで、この夜はトロンボーン陣の隣に2人のフレンチホーン奏者が並んだ。かつて角田健一バンドがホルン奏者をおいたことがある。ただし、フレンチホーン奏者をアンサンブルに加えた策の成否については、当夜の演奏から答えを出すのは難しい。少なくとも当夜に限っていえば、フレンチホルン2本をトロンボーン陣にプラスしたことに対して、膝を打ちたくなる場面は残念ながらなかった。

後半の演奏も「赤とんぼ」で始まった。緩やかな3拍子。ソロはギターの原とソプラノのサックス。目を閉じて聴いていると、サックスの演奏は日本人以上に日本的なエモーションを感じさせるときがあって、時折ハッとさせられることがある。これもジョナサンの日本の歌へのいとおしみを感じさせて印象的。ジョナサンが数年前7歳の娘のために作曲したという「プレシャス」でも、3本のフルートとバス・クラリネットによる木管アンサンブルがリリカルで美しい。短調のメロディーが娘の可愛らしさを浮かび上がらせる。マーシャルがクラリネット・ソロを取ったが、この曲ではさすがにジョナサンのピアノが活躍した。

最後はモーズ・アリソンの曲。タイトルを聴き損なったが、彼がアリソンに関心を寄せているとは知らなかった。何でも彼の父親がひいきにしていたピアニストだったようだが、セロニアス・モンクの風味をプラスした作品。ここではスティーヴ・サックスと鈴木圭がフィーチュアされ、最後はアルト・バトルへと展開する。アリソンのピアノとヴォーカルが聴きたくなった。

後半のステージはライヴハウスならではの、よく言えばざっくばらんさが発揮された演奏で、

いわば気取りのないライヴハウス演奏のよさが楽しめるステージとなった。ホールでの乙にすました演奏より、多少雑でもこの親近感がライヴハウスでの演奏の持味であり、ファンを魅了するのではないかと思う。

東京ビッグバンドはステージに並んだ顔ぶれを見ただけで、野趣横溢する屈強のビッグバンドであると分かる。これから何か楽しいエキサイティングな演奏が起こるという期待が湧いてくるのだ。全員が優れたソロイストにもかかわらず、アンサンブル術を心得たバンドであり、バランスのとれた極めて豊潤なアンサンブルで聴く者を酔わせるのだ。スティーヴ・サックスや岡崎好朗らを筆頭に、この夜は岡崎正典、マイク・ザックヘヌク、原とも也らのソロが光った。次回はトロンボーンとフレンチホーンの巻き返しを期待したい。私がこの夜、二重マルをつけて健闘を称えたい主はベースの宮上啓仁。初登場らしかったが、淡々と安定したウォーキングでアンサンブルを下支えして健闘した。寡黙な好演を称えたい。

セカンド・ステージの終盤、バースデー・ケーキがジョナサンに手渡された。あと2時間ほどで9月17日。この日がジョナサン・カッツの誕生日なのだ。現在彼は池尻にある国立ミュージック・アカデミーで教鞭を執っているが、この夜席を陣取った彼の教え子たちからの大きな拍手に、さすが嬉しそうに上気している彼の笑顔が印象的だった。

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http://www.jkatz.net/score.html

https://www.youtube.com/watch?v=8exzyf737Z0

 

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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