#1260 喜多直毅クァルテット『難民』~沈黙と咆哮の音楽ドラマ~
2023年4月29日(土)@東京渋谷・公演通りクラシックス
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photo by yamasin(g) 山田真介
出演:
喜多直毅クァルテット
喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)
田辺和弘(コントラバス)
北村聡(バンドネオン)
三枝伸太郎(ピアノ)
プログラム;
1. Introduction”国境の河” Border River
2. 疾走歌 Speed Song
3. 死人~酒乱 The Dead~Drunken Frenzy
4. 難民 Refugees
5. 街角の女たち The Pom-Pom Girls
6. 狼の夜 Night of the Wolf
7. 孤独 Solitude
8. 轍 Ruts
9. 海に向かいて Facing the Sea
何に向けて発せられた音楽なのか。喜多クァルテットの緻密な演奏には毎回テーマ性が設けられるが、練り込まれる世相が今回ほど明確なのも珍しい。テーマは「難民」、言わずもがな依然つづくウクライナ戦争、文字通り故郷を「追われた人たち」。しかし遠く離れた極東の日常を俯瞰しても、追いやられる人々は確実に存在する。物理的にも、心理的にも。そして、そうした状況を生み出す元凶は?
言葉では届かない多様な「やるせなさ」が、音によって縫合されてゆく。
2日間にわたるコンサートの2日目を聴く。
記憶の襞(ひだ)を怜悧な刃物でなぞるかのようなイントロ「国境の河」やタイトル・ピースである「難民」はもちろん、クァルテットにとってもはやスタンダードとなった「疾走歌」や「孤独」、「轍」などでは、場数からしか生まれ得ない余裕が太い幹となって貫く。スリリングでありながら抜群に腰が据わった安定感。野太いペーソス。ノイズ・インプロ・楽曲、はびっしりと隙のないトライアングルと化しており、それらの分かち難い境い目から不可避に絞り出されるパッション。静寂においても止むことのない音の循環。重層的な色相の音の残照は、ときに空気中を横溢しつくし息苦しさを覚えるほど。
プログラムの佳境から、メロディのみならずリズム隊としても多くを負う三枝のピアノ、その低音の迫力がすさまじい。強度が増すほどに音質はクリアとなり、破綻がない。
クァルテット全体の屋台骨ともいえる田辺のコントラバス、負荷に比例するしなやかさは、まさに「柳の枝に雪折れなし」。
垂直にも水平にも「異郷」ともいえる空間を自在に創出する北村聡のバンドネオン、その厳かさ。
そして、優雅と狂騒が一枚岩の、アンビヴァレントな動性を要所にうがつ喜多のヴァイオリン。
ふだん押さえつけているエモーションが、際から際まで刺激される。曲が進むにつれて床へ落とされるスコア同様、様々な澱(おり)が剥がれおち、気がつけば鎧なき寄る辺なさ。容赦ないひりつき具合が、現実を串刺しにする。(*文中敬称略)
関連リンク:
https://www.naoki-kita.com/
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https://synthax.jp/RPR/mieda/esperanza.html
https://www.facebook.com/kazuhiro.tanabe.33?ref=br_rs