#919 Sound Live Tokyo 2016 マージナル・コンソート/ツァイトクラッツァー × 灰野敬二
Reported by 剛田 武 Takeshi Goda
Photos by 齊藤聡 Akira Saito(マージナル・コンソート)、前澤秀登 Hideto Maezawa(ツァイトクラッツァー × 灰野敬二)
失われた『即興』の在処を探る二つの『場』
「貪欲な耳と疲弊した耳のための非挑発的音楽フェスティバル」と銘打って開催されたSound Live Tokyo 2016(以下SLT)のラインナップの中で、ひとつの『集団』として『即興』を核にした表現活動を披露するのが、いずれも1997年に始動したマージナル・コンソートとツァイトクラッツァーである。どちらも現代音楽をルーツに持ちつつもジャンルを越境し超越し更に無効にする演奏行為により、世界に類のない特異な音楽集団として評価される。聴くだけでなく体験することに意義がある彼らのコンサートを連続して経験出来る機会は、SLTでなければ決して得られないに違いない。それだけにの言語化することの困難な彼らの公演だが、幸いにも素晴らしい写真が提供されたので、併せてレポートしたい。
2016年9月21日 (水) 19:00開場 / 19:30開演 六本木SuperDeluxe
Sound Live Tokyo 2016
マージナル・コンソート Marginal Consort
今井和雄, 越川T, 椎啓, 多田正美
2008年に亡くなった灰野敬二のバンド・不失者のベーシスト小沢靖がメンバーだった音楽集団マージナル・コンソートを生で観るのは初めて。フロアの4ヵ所に4人のミュージシャンの島が設置され、3時間の演奏の間、観客は邪魔にならない限り自由に歩き回って鑑賞してよい。
音が出る物なら何でもかんでも持ち込んだ各自のテーブルは、謎のオブジェやガラクタに占拠されて見るだけでも楽しい。どのように音を出すのか想像すらできない物も多い。しかし見た限りでは4人とも殆どすべての物体を演奏に使ったようだ。
天井から吊るした金属片を擦ったり叩いたり、竹の筒を身体に巻き付けて踊り出したり、ブランコを漕ぎながらピアノ線を弾いたり、竹箒でコンクリートの床を掃除したり。個々で行われる行為はどう考えても楽器演奏には見えない。
目をつぶって聴くと、何が音源か分からない音が四方八方から襲ってきて、恐怖心に冷や汗をかいてしまう。会場内の移動を自由にしたのは、そんな閉塞状況に推し潰されないように、聴き手の耳を解放する為の心遣いなのかもしれない。
音楽と音、集団と個、演奏者と聴衆、その関係性はマージナル・コンソートという『場』では流動的に混ざり合い、渦巻く音の波に研磨され濾過され沈殿する。心の澱みに堆積した純粋美意識の破片がキラキラと宝石のように輝き、波間に遊んだ3時間の魂の微睡(まどろみ)は何十倍にも引き伸され、翌日まで醒めることはなかった。
2016年9月27日 (火) 19:30 開場 / 20:00 開演 六本木SuperDeluxe
Sound Live Tokyo 2016
ツァイトクラッツァー × 灰野敬二 zeitkratzer × Keiji Haino
七つの日より (カールハインツ・シュトックハウゼン, 1968)
Aus den sieben Tagen (Karlheinz Stockhausen, 1968)
メンバー:
灰野敬二(ヴォーカル)
ラインホルト・フリードル(芸術監督・ピアノ)、フランク・グラトコフスキ(クラリネット・サックス)、エレナ・カカリアグゥ(フレンチホルン)、ヒラリー・ジェフリー(トロンボーン)、モーリス・ド・マルタン(パーカッション)、ブルクハルト・シュロタウアー(ヴァイオリン)、エリザベス・フューゲマン(チェロ)、ノラ・クラール(チェロ)、ウーリ・フィリップ(コントラバス)、マルティン・ヴルムネスト(音響)、ヨッヘン・ハーカー(照明)。
1997年ラインホルト・フリードルによりベルリンで結成され、クラシック/現代音楽/フォークミュージック/ロック/ノイズといった様々なジャンルと並列に取り組み、灰野やエリオット・シャープ、ジョン・ダンカン、アルヴィン・ルシファー、ウィリアム・ベネット(ホワイトハウス)などとスタイルやジャンルを超越したコラボレーションを実践するツァイトクラッツァーの初来日公演。
灰野は2005年からツァイトクラッツァーと何度か共演し『Electronics(エレクトロニクス)』(2008)、『Live At Jahrhunderthalle Bochum(ボーフム100周年記念ホール実況録音)』(2014)、『Stockhausen – Aus Den Sieben( シュトックハウゼン:七つの日より)』(2016)の3枚のアルバムをリリースしている。今回はその中でシリアスミュージック度が最も高いシュトックハウゼンの作品を日本初演。
1968年に作曲された『七つの日』は「直観音楽」の代表作と呼ばれる。楽譜には音楽的な指示ではなく、詩的なテキストによる演奏指示が記されている。「宇宙のリズムで振動を一つ弾け、夢のリズムで振動を一つ弾け」(夜の音楽)。それは演奏する『集団』を構成する『個』の精神をひとつにし、音のアンサンブルではなく、心と心/魂と魂/夢と夢/宇宙と宇宙の関係性を統合に導こうとする。
灰野を含め総勢10人の大所帯の演奏者が居並ぶステージは不思議と威圧感はない。堅苦しいユニフォームではなく、自由闊達なコミュニティ・オーケストラの開放感に溢れている。聴こえないほどの微音から、銅鑼が鳴り響く轟音までダイナミックレンジの大きい演奏が途中休憩を挟んで2時間半、開放感と緊張感とが錯綜するクライマックスは、SuperDeluxeの守護霊を呼び起こす召還の儀でもあった。
『即興』という言葉を嫌う灰野にとっても、シュトックハウゼンの言葉に促され、自然と必然の軋みからスポンテニアスに流れ出る歌と演奏は、理想に近い方法論だと思われる。直感によるサウンドのレイヤーは、失われた『即興』の原初の在り方を取り戻すための試みの成果であり、それを実践できるツァイトクラッツァーという『場』がこれほどまでに開放的であることは、即興音楽への祝福に違いない。