#1041 R+R=Now: ロバート・グラスパー @Blue Note NYC
2018年10月26日(金)ブルーノートNYC
写真とテキスト:ヒロ・ホンシュク
今まで本誌に楽曲解説しか書いてなかったが、先日体験したロバート・グラスパーのブルーノートNYCでのライブがあまりにもすごく、その記録を残したくなった。とは言え頭が真っ白になるほどすごかったのでどれほど覚えているかは怪しい。
ロバート・グラスパーはブルーノートNYCレジデンシーと名を打って、24日間48公演行った。その内容は以下の通り。
10/2-10/28 | Robert Glasper October Residency | |
2-7 | Trio | with Chris Dave and Derrick Hodge |
9-10 | Houston Nights | featuring Kendrick Scott, Michael Moreno, Burniss Travis and Walter Smith |
11-14 | Trio | featuring Chris Dave, Derrick Hodge, Special Guest Yasiin Bey (formerly Mos Def) |
16-17 | Trio | Robert Glasper, Christian McBride and Nicholas Payton |
18-21 | Miles Davis Tribute | “Everything’s Beautiful” with Bilal |
23-24 | Mulgrew Miller Tribute | featuring Derrick Hodge and Rodney Green |
25-28 | R+R=Now | featuring Terrace Martin, Christian Scott Atunde Adjuah, Derrick Hodge, Taylor McFerrin and Justin Tyson |

マイルス教信者である筆者としてはマイルス企画に行きたいと思ったが、それよりもR+R=Nowのライブがどうしても観たかった。スケジュール的に両方は無理なので、マイルス企画は断念することにし、10月16日(金)にR+R=Nowの予約を入れた。週末の交通事情は悪く、4時間程度で着くはずのボストンからのドライブに6時間ほどかかってしまった。ブルーノートは指定席がなく、8時からのショーに対して6時に行って席を確保するのだが、いつもと違い6時にはすでに長蛇の列となっており、予想外だったので慌ててしまった。普段ならちょっと離れた安めの駐車場に入れるが、それを断念し目の前の$42(5千円弱)の駐車場に入れた。なんとかステージ右側前から3列目に席を確保することができたが、ブルーノートNYCは身動きができないほど狭い。2時間も早く来て席を確保し、さらに開演は40分以上遅れた。遅れた理由は、グラスパー本人の出勤が遅かったかららしい。相変わらずのグラスパー。曲の間でのトークでも「楽しんでるかい?楽しんでなくてもお金は返さないから我々はどっちでもいいんだけどね」とか笑えないジョークを言うのがグラスパーだ。ひょっとしたら照れ屋さん?マイルスもそうだった。こちらとしては最高の音楽を体験させてもらえるのなら演奏者の性格などどうでもよい。

取材をしに行ったのではないので曲目も書き留めなかったし、R+R=Nowのアルバム以外から数曲テレースやテイラーの作品もあったなあ、くらいしか覚えていない。まず何がそんなにすごかったのか。このバンドはグラスパーのバンドだが、誰一人として自分を前に出さない。常にバンドとしてのサウンドを見事に築き上げてそれを維持する。全曲を通してトランペットにはフェイザーがかかり、ヴォコーダーの使用も一貫していた。もちろん曲によってそれぞれのメンバーがフィーチャーされるが、そのフィーチャーは一人1、2曲程度だ。ソロまわしなどはない。それぞれのフィーチャーはその曲に必然的に現れるように上手に織り込まれており(テイラー・マクファーリンだけは例外で、スポットライト扱いされ、あたかも2部構成の中休みとして織り込まれた)、またそれだけに曲順にも感嘆した。全てが完璧であり、1曲目から最終曲まで一つの上質のストーリーが感じられた。楽曲解説 No. 242 でも触れたが、ドラムのジャスティン・タイソン以外のこのメンバーは全員がクリエイティブなリーダーとして成功している有名人ばかりだというのに、だれ一人として自己顕示欲を見せないところがともかくすごい。筆者がこのバンドのライブをどうしても観たかったのは、このバンドはサウンド自体がインプロで構築されているからだ。この日のグラスパーは簡単なモチーフのビートの位置をずらしながら発展させるのを楽しんでいたようだ。それに触発されてそれぞれのメンバーが自分なりの反応を見せていたのを大いに楽しんだ。グラスパーは何を思ったのか2回ほどクリスマスの曲を挿入したが、それに対しては誰も反応せずひたすらグルーヴし続けた。これには参った。普通のミュージシャンならきっとすぐに反応してしまうだろう。もう一つ驚かされたのは、グラスパーが左右の手のビートの位置をずらして細かく発展させるやり方で、テクニック的に恐ろしく高度であり、またこんな奏法も今まで聴いたことはなかった。なぜあんなやり方でグルーヴし続けられるのか、恐るべしグラスパー。
ドラムのジャスティン・タイソンのビートがともかくすごく、それだけで何度失神したことか。ジャスティンのドラムラックが奇抜で、ハイ・タムの位置にスネアがラックされていた。通常のスネアの方はオフに、タムにラックされたスネアはオンになっていたり、チューニングも変えていたり、とても新鮮なサウンドを生み出していた。
ライドシンバルがなかった。ライドシンバルの位置に穴の空いたO-Zoneシンバルを置き、クラッシュシンバルは曲によってマメに二枚重ねなど入れ替えをしていた。ライドを必要とする曲はないのか、と思いきや、一曲だけこのクラッシュシンバルでライドビートを叩いたので仰天。
ジャスティンのビート感はともかく新しい。スネアのビート位置はオン・ザ・ビートなのに、打ち下ろすタイミングにかなり幅があるので、ワクワクするような新鮮なドライブ感を生み出している。これは筆者がアルバム解説した時の演奏よりさらに進化していた。
ホッジスのベースとジャスティンのドラムの一糸乱れぬグルーヴが桃源郷状態で、いったいどうしたらここまでタイトにグルーヴできるのか、その至高さに感嘆した。
PAはおそらくブルーノートのハウスエンジニアではなく、このグループが連れて歩いているのだろうエンジニアで、その技術のすごさに度肝を抜かれた。
ベースとキックにサブウーファーをかなり重く使っているのに、全てのフリーケンシーに輪郭があり、ぼやけた音域がひとつもなく、また最近流行りのクラブで味わう体に不快な低音感がまるでなかった。
驚いたことにアルバム同様クリスチャン・スコットのトランペット・マイクにはフェイザーのエフェクトが常時掛かっており、いったいどういうマジックで目の前のドラムの音を拾わないのか、なぜフィードバック(日本語でハウリング)しないのか、不思議でしようがなかった。そして終演後になぜエンジニアに質問しに行かなかったのか自分の愚かさを悔やむが、なにせ頭が真っ白状態のなか客の入れ替えのため追い出されたのでどうしようもなかった。

テレース・マーティンのヴォコーダーだ。ジェフ・ベックが70年代に世の中に紹介し一世風靡したが、長い間忘れ去られていたスタイルだったと思う。それを蘇生させただけではなく、完璧に新しいサウンドを作り出している。

ボビー・マクファーリンの息子、テイラー・マクファーリンの真面目そうな、また神経質そうな様子が印象深かった。開演前にステージに機材の確認に来たのは彼一人であり、多分会場入りしたのも一番乗りだったと思う。彼はグラスパーのセットを2つこなした後、午前1時から自分のユニットでの出演がスケジュールされており、グラスパーが店の了解も得ず観客に「1時に戻って来たらタダで入れてあげるよ」、店のマネージャーに向かって「構わないだろ?」と言ったのが笑えた。相変わらずのグラスパー。そんなグラスパーはマクファーリンに1曲丸々単独でやらせてフィーチャーした。マクファーリンは片手でシンセを弾きながらビートボックスを披露した。筆者にとってこれはあまり好きではなかった。やっていることは好きなのだが、マクファーリンはやはり神経質さを表し、他のメンバーほど楽しんで自由奔放に演っているようには聞こえないのだ。ただ、このバンドと演奏している時は挿入するシンセのサウンドとタイミングが絶妙で、グラスパーがなぜマクファーリンを迎えたのかよく理解できた。そしてこのマクファーリンのフィーチャーで1セットを2部構成にしたアイデアも素晴らしい。恐るべしグラスパー。
この動画はiPhone Xsで断片的に撮ったものだが、このライブの凄さの半分でも伝わるとよいと願う。
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