JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 69,109 回

ある音楽プロデューサーの軌跡 稲岡邦弥No. 228R.I.P. ラリー・コリエル

ある音楽プロデューサーの軌跡 #35 『山下和仁+ラリー・コリエル /ギター・オデッセイ: 四季』

『山下和仁+ラリー・コリエル /ギター・オデッセイ: 四季』(PioneerLDC)

山下和仁 (クラシック・ギター)
ラリー・コリエル(オヴェイション・ギター)

原曲:アントン・ヴィヴァルディ 協奏曲集「四季」
編曲:山下和仁 ラリー・コリエル 渡辺香津美 大島ミチル

1984年8月31日 東京・五反田簡易保険ホール

録音:及川公生
映像監督:大江旅人
プロデューサー:稲岡邦彌
エグゼクティヴ・プロデューサー:蒔田耕作

 

ラリー・コリエルと親しい付き合いがあったわけではない。たった一度の仕事の場を共有しただけである。しかし、そのたった一度の機会が強烈な印象として残っている。僕が初めてプロデュースした映像作品でもあったから..。

山下和仁とラリー・コリエルのギター・デュオによるヴィヴァルディ「四季」のコンサート情報は、当時、斬新な企画を次々に打ち出していた株式会社MAP(エム・エイ・ピー)の荒谷正伸プロデューサーからもたらされた(たとえば、『Duet』という名盤を生んだレスター・ボウイーtpと井野信義bのデュオ企画も彼の発案である)。荒谷氏からこのコンサート企画を打ち明けられた僕は、即座に映像化を思い立ち、当時積極的に映像作品の制作を進めていたパイオニアLDC社の蒔田耕作プロデューサーに企画を持ち込み快諾を得ることができた。レーザーディスクという新しい映像メディアの展開を進めていたパイオニアは子会社のパイオニアLDC社を通じてソフトの開発を積極的に進めていたのだ。ギター・デュオによるクラシック作品の演奏というのは映像的にはいかにもスタティックだが、山下、ラリー双方ともそれぞれクラシック、ジャズ/フュージョン界の人気ギタリスト、とくに山下和仁は、16歳の時にラミレス(スペイン)、アレッサンドリア(イタリア)、パリ(フランス)の世界三主要国際ギター・コンクールにいずれも史上最年少1位を獲得、ギター界の寵児としてもてはやされる存在だった。一方のラリー・コリエルも“ジャズ・フュージョン”界を牽引する押しも押されぬ存在だった。この両雄がヴィヴァルディの人気作品『四季』全曲をギター・デュオとしては世界初演する。この企画は内外のクラシック、ジャズ双方のファンから大きな注目と期待を集めるキラー・コンテンツのひとつになり得ると評価されたのだ。映像作品をプロデュースするのは初めての経験だったので、映像監督にECMのプロモーションを通じて気心の知れたストレンジ・フルーツ大江旅人、録音に多くの現場を共有してきた及川公生氏を起用した(及川氏はこの作品を通じて山下の信頼を得るところとなり、この後しばらく山下の専任録音エンジニアを務めることになったという)。

30数年前の記憶を確認するため念のためにGoogleを検索して驚いた。何とこの作品の全12楽章のうちの8楽章がYouTubeにアップロードされ自由に閲覧可能な状態にあるではないか。しかも聴かせどころの楽章はすべて網羅されている!音源は映像と独立してCDでもリリースされたことは確認しているが、映像はレーザーディスクの普及のために制作されたもので、ビデオテープではリリースされておらず、著作権はパイオニアLDC社に帰属しているはずなのだ。最終の「冬」の第3楽章がアップロードされていないのはエンドロールに制作者とともに著作権者の名前もクレジットされているからだろうか。本来は違法と思われるこのYouTubeへのアップロードは、すでに廃盤となって久しいこの貴重な映像を熱心なファンと共有せんがためのある種の義侠心から出た熱烈なファンのフライング行為かも知れない。LDなので解像度は抜群だが、突然削除される可能性も充分ある。

何れにしてもこれらの映像を観れば一目瞭然。カメラは正面からのロングとアップが基本。キース・ジャレットのピアノ・ソロのビデオに見られる天井からの俯瞰はない。ピアノのキーボードは天井に向いているが、ギターのフィンガーボードは正面を向いているからだ。背筋を伸ばし上半身を直立させて弾くラリーに対し、背中を丸めギターのボディに覆いかぶさるようにして弾く山下。この姿勢はおそらく大きなギターを抱え込んで弾いていた幼少の頃の癖が抜けきれないのだろう。ラリーの顔は正面を向いているが、山下の顔は下を向いていることが多い。5本指で弾く山下に対し、ピックで対応するラリー。速いパッセージではピックは圧倒的に不利だが、時に笑みさえ浮かべ余裕の表情を見せるラリー。山下の表情は常にシリアスだ。原曲の弦楽アンサンブルと独奏ヴァイオリンのパートを適宜ふたりに割り振っているが、ラリーが得意とするインプロの見せ場はない。さすがにプレストでは音が完全に出きらず詰まったりするところもあるがあくまで演奏を楽しんでいる風情のラリーの表情が救いだ。

演奏が終わって楽器を片付けている山下に挨拶に出向いたら山下からサイン入りのスコアを手渡された。「演奏を映像化することが夢だったんですよ。ありがとうございました」。富樫雅彦さんからいただいたソロ・アルバム『パッシング・イン・ザ・サイレンス』の譜面とともに大事に保管していただのだが昨年末の転居の際、見失ってしまった。見つかり次第、この稿に追加アップしようと思っている。(*写真はYouTubeよりのSS)

追)山下に加えてラリーのサインもある。表紙には「1984.6.6 大島ミチル」と署名があり、当時売り出し中の大島が記譜を担当したことがわかる。二人は3ヶ月弱で全曲を暗譜したことになる。右側はスコアの一部。「山」「コ」と山下自身の書き込みがあり、これは山下が練習用に使ったスコアだ。

 

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください