ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #102 Amaro Freitas<Sankofa>
この3月1日にAmaro Freitas(アマーロ・フレイタス)の新譜、『Y’Y』がリリースされた。アマーロの名前は以前から耳にしていたが実際に彼の音楽に触れることがなかったので、なんの気もなしにこの『Y’Y』を入手してみた。マナウス(アマゾン熱帯雨林地帯中心地)を描く環境音楽的なサウンドで、なるほど、面白いことをするアーティストだ。だが、ブラジリアン・ジャズの新星という評判に対する筆者の勝手な期待に反し、ブラジルのグルーヴ・パターンがあまり聴こえてこないことに少しがっかりした。現在32歳のアマーロ、通算4枚のアルバムがリリースされているので、一通り耳を通してみた。すると3作目、2021年リリースの『Sanfoka』に収録されている曲がどれも面白く、一発で虜になってしまった。(追記:入稿後に知ったのだが、なんとアマーロ、6月後半に日本ツアーがあるらしい!詳細は最後に掲載した)
次にアマーロのことが知りたくてググっていて出会ったのがこの動画だ。この『Sanfoka』の2トラック目に収録されている<Ayeye>と、デビュー・アルバムである『Sangue Negro』(2016) の4トラック目に収録されている<Samba de César>のライブ動画だ。アルバムでの演奏も良いが、ライブはよりエキサイティングだ。
アマーロ・フレイタスの音楽
彼の音楽はグルーヴ好きの筆者が普段好んで聴くタイプではない。だが、妙に引き込まれる要素をたくさん含んでいる。彼の音楽のスタイルからは色々なものが聴こえて来る。まずPhilip Glass(フィリップ・グラス)的なミニマリズムのアプローチだ。そのアプローチに、ブラジル音楽独特のビハインド・ザ・ビートのタイム感が合わさっていて心地よい。凝った作曲作品が多く変拍子の嵐だが、ご機嫌なグルーヴ感と見事な融合を果たして全く難しい音楽に聴こえない。凝った作曲作品という意味ではHermeto Pascoal(エルメート・パスコアール)、Egberto Gismonti(エグベルト・ジスモンチ)、Guinga(ギンガ)などの技法が聴こえるが、彼はミニマリズムを用いて全く新しい自分の作法を築き上げている。ピアノのタッチも美しい。その反面、上記の動画のようなライブでは思いっきり爆発する。
もうひとつ、この彼のトリオがまた素晴らしい。なんと言ってもアップライト・ベース(日本ではウッドベース)のJean Elton(ジーン・イウトン)だ。デビュー当時からの朋友で、グルーヴ感といいアイデアといい耳が釘付けになる。アマーロ同様ブラジル音楽のリズム・パターンはほとんど出さない。ドラムのHugo Medeiros(ユーゴ・ンザイロス)は変拍子でグルーヴするドラマーとして名を馳せていたそうで、アマーロとジーンと2人揃って勧誘しに行ったそうだ。アマーロの最初の3作はこのトリオでの録音だ。4作目である新譜の『Y’Y』はトリオ編成のアルバムではない。
天才Amaro Freitas(アマーロ・フレイタス)
アマーロ本人や彼の作品等の情報はまだネットに充分流れておらず情報収集に苦労したので、苦し紛れに今回はLMSYSのAIを使用した検索を多用した。現在のAIはまだまだハルシネーションを起こすので、確信が持てる検索結果だけを使用したが、出典が不明なものが多いことをご理解頂きたい。出典の確認が取れているものは All About JazzとPan African Musicなので、ご興味のある方はぜひ覗いてみて頂きたい。
アマーロは1991年にブラジル北東部ペルナンブーコ州のRecife(へシーフィ/レシフェ)に生まれた。Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)を始め、Dorival Caymmi(ドリヴァル・カイミ)、Astrud Gilberto(アストラッド・ジルベルト)、Gal Costa(ガル・コスタ)などの数多くのアーティストを生んでいるBahia(バイア)よりもっと北、赤道寄りだ。リオ・デ・ジャネイロの北2,300Kmに位置し、文化も音楽も全く違う。ブラジル北東部、通称Nordeste(ノルデスチ)の音楽と言えばBaião(バイヨン)、Forró(フォホー)、Maracatu(マラカトゥ)、Frevo(フレーヴォ)、Afoxé(アフォシェ)等の、サンバやボサノバと違ったアフロ色の強いグルーヴだ。位置関係を表す画像を作成してみた。日本の大きさとの比較は正確に計測したものではないことをご了承頂きたい。
筆者の認識では、この地域は砂糖農園での奴隷制度の長い歴史があり、地域全体の2割ほどがゲットーである貧しい地域だったと思う。アマーロの父がペンテコステ教会のバンド・リーダーであったことから12歳の時に教会のピアノを弾き始め、15歳の時に偶然Chick Corea(チック・コリア)のライブの映像を観て、自分にはこれしかない、と確信した。しかしピアノは持っていない。だから紙の鍵盤で練習をした。確かそんなテレビドラマが日本にあったような気がする。実際にそんなことで偉大なピアニストとなって成功するなどということがあるとは思いもしなかった。
その後近所のレストランに頼み込んで開店前にピアノの練習をさせてもらい、名門ペルナンブーコ音楽院に受け入れられるが通学のためのバス代(現在の月額900円程度)の捻出に困難をきたして退学。結婚式バンド、ピザ屋、コールセンターなどのバイトで生活費を稼ぎながら、近所の音楽理論を知っている床屋職人の仕事中に毎日訪れ、散髪中の脇に居座って手ほどきを受ける。ちなみに、元々はドラマーになりたくて自作のパーカッションを叩いて遊んでいたが、なんでも教会ではドラムに対する風当たりが強く、父親が演奏するピアノに持ち替えたと語っていた。興味深いのは、父親から手解きを受けたという記述はどこにも見当たらなかった。
ジャズや地域の音楽を自分で勉強し続け、22歳の頃にはノルデスチのジャズの名店、『Mingus』のハウス・ピアニストとして名を轟かせていたらしい。天才というのは居るところには居るものだ、とつくづく感心する。しかも彼のピアノの音色はまるでクラシックのトレーニングをみっちり受けたように美しい。
3年間コツコツとお金を貯めてスタジオに入り、2016年に『Sangue Negro』を自主制作すると大ヒットして一挙に世界的な成功を納める。シンデレラ・ストーリーだが、これは本人にビジネスの才能がなければ可能ではない。意外なのは本人のおとなしそうな印象だ。貧しかった生い立ちやビジネス・センスなど全く匂わせない。音楽も含め意外性満載のアーティストだ。
『Sankofa』
「サンコファ」とは、ガーナに伝わる伝説の鳥で、「サン=戻る」、「コ=行く」、「ファ=取る」という言葉から成り、先祖に戻って自分の過去を取り戻すことの象徴だそうで、アフリカから連れ去られた黒人たちのシンボルとなっているそうだ(出典:The Other Madison)。アマーロのアイデンティティーへの強い意志が感じられる。今回楽曲解説に取り上げたこのタイトル曲は初めて聴いた時から深く印象に残った。後述する。
他の収録曲もどれも素晴らしい。2トラック目の<Ayeye>は、ドラム・ビートからお分かりのように、なんと、まさかのゴーゴー・ビートだ。このキャッチーなヘッド(日本ではテーマ)もさることながら、ビハインド・ザ・ビートでスイングするタイム感がジャズのそれと違い、なんとも不思議な気分にさせてくれる。しかもよだれが出るほど美味しいタイム感だ。ライブではゴーゴー・ビートのスイング感を利用してバックビートやスイングビートに飛び移りながら思いっきり上等のジャズのインプロビゼーションを楽しませてくれるようだ。ちなみに、「Ayeye」とはヨルバの言葉で「喜び」や「祝い」を表すらしい。
3トラック目の<Baquaqua>とは、西アフリカからブラジルに奴隷として連れて来られ、NYに逃げ切って自叙伝を書いたMahommah Gardo Baquaqua(ポルトガル語読みで恐らくムオーマ・ガアド・ブググア)のことだ。8分の7拍子とバックビートが見事に交差しながらミニマリズムでグルーヴする、このアマーロの音楽のスタイルがやけに心地良い。この曲で気がついたが、これはプログレッシブ・ロックの技法だ。それをジャズ・トリオで、しかもブラジルのタイム感を加えているだけでこんなに新鮮なサウンドになるのか、と驚いた。
4トラック目の<Vila Bela>はリリカルでキャッチーなテーマを発展させて行く美しいバラードだ。この「美しい村」というタイトルの曲でのアマーロのインプロビゼーションが興味深い。モードジャズのアウトサイド奏法を折り交えているが、ちょろちょろとChoro(ショーロ)のフレーズも織り込んでいるのが非常に新鮮なのだ。しかも、この凝ったソロも全て自然に流れて行くのがすごい。
続く5トラック目の<Cazumbá>は1と3トラック目同様、ミニマリズムとグルーヴを基盤にした変拍子の嵐だ。よくこれだけ違った変拍子のアイデアが次から次へと出てくるものだと感心する。そう思って聴いているとだんだんとフリー・インプロビゼーションに移行して行く。この「Cazumbá」の意味には色々な説があるようだが、どうもノルデスチに伝わる「スピリッツ」のことではないかと思う。そう思って聴いているとこの曲の描いている映像がしっくり来るのだ。
6トラック目の<Batucada>のタイトルの意味は、もちろん例の「バトゥッカーダ」だが、一般にサンバの一種と理解されているのは間違いだとブラジル人パーカッショニストに教わったことがある。バトゥッカーダの本当の意味はみんなで集まってテーブルなどを叩いて合奏して楽しむことなのだそうだ。だからアマーロのこの曲も全くサンバではない。むしろフレーヴォやその他のノルデスチのスネア・ロールを思わせる曲だ。しかもパターンは恐ろしく速く、しかも凝っている。それにしてもジーンのベースのテクニックも半端ない。彼以外にアマーロのベース・ラインをブラジルのタイム感で演奏できる者は他にいるのだろうか。
7トラック目の<Malakoff>は前トラックの<Batucada>を継承しているが、テーマ(動機)は全く違いジスモンチのような作法を用いている。この曲でのピアノソロがすごい。ドラムのパターンもドラムンベース的に発展して行く。それだけでなく、ピアノに軽いオーバードライブと気付かないほど薄く掛かっている微量のトレモロがかなり斬新なサウンドを生み出している。チック・コリア・フレーズが一瞬出たところもオシャレだ。コリアに影響を受けたアマーロだが、オン・トップ・オブ・ザ・ビートのタイム感であるコリアと正反対のビハインド・ザ・ビートであるアマーロの演奏はコリアの影を見せない。ちなみにこの曲のタイトルはヘシーフィにあるマラコフ・タワーのことで、アマーロはこの18世紀のナポレオン戦争当時の砦の象徴を子供の頃から見て育ったのだそうだ。この曲から彼の描いた映像がくっきり浮かび上がる。
最終トラックの<Nascimento>とは「誕生」という意味で、重いリズムパターンに反してメロディーとコード進行は美しいコラール(宗教曲技法)だ。このトラック以前の曲と違い、この曲は構成がシンプルで終わり方もびっくりするほどあっさりしているのだが、取り止めのない印象を与えるハーモニック・リズムと、山の天気のようにコロコロ入れ替わる長短のコード進行が思いっきり聴き手のムードを掻き回すので、よっぽどこの曲を楽曲解説に選ぼうかと迷ったのだが、正直に言って、筆者としてはこのアルバムの終わり方に未だに戸惑っている状態なので控えることにした。
<Sankofa>
この曲は譜面作品でソロは含まれていない。ちなみにインプロビゼーションはジャズにとって不可欠な要素ではない。Ella Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)のスキャットはRay Brown(レイ・ブラウン)が書いた譜面であったように、最も重要なのはジャズ特有のグルーヴ感だ。そういう意味でこの曲はしっかりとご機嫌なブラジリアン・ジャズだ。
まずこの曲で最も重要なのは、16分音符が一定したパルスとして最後まで持続するということだ。ミニマリズムの手法だ。このパルスを維持し、ヘミオラのレイヤーを用いてセクションごとにテンポを変化して行く、その技法が素晴らしいのだ。つまり、この曲の16分音符は約264BPM(1分間に264回の意)であり、4分音符ビートは66BPM、8分音符ビートはその2倍の132BPMになる訳だが、付点4分音符ビートは8分音符ビートの3分の1の44BPM、そして16分音符が5連譜で1拍となった時4分音符ビートが約52BPM(正確には264BPMの5分の1である52.8BPM)になるという展開が素晴らしい。
この曲は3つのテーマ(動機)で構成されている。まず出だしの第一テーマを採譜してみた。
このCとFの跳躍が第一テーマで、単純でよくありそうなフレーズなのにやけにキャッチーだ。コード進行でお分かりのように調性はD♭メジャーだが、最初のコードで3度を抜いているので重いサウンドを醸し出している。この出だしを聴いてまず耳を引くのがドラムのタムタムがD♭メジャーにチューニングされており、ハイ・タム、ミッド・タム、フロア・タムと下降するフレーズが実にオシャレなのだ。採譜してみた。
第一テーマが2回繰り返されたところで9小節目から第一テーマの展開が始まり、半音下のCメジャーに一時転調する。George Russell(ジョージ・ラッセル)のリディアン・クロマチック・コンセプトで言う外向5ステップ移動なので(詳しくはこちら)半音下がってもサウンドは浮上している。そして、第一テーマの動機に戻る前に、E7(#9) をピボットにしているところが実に美しい。 採譜をご覧いただきたい。
始まって2分の位置から第二テーマが始まる。いよいよ変拍子の登場だ。変拍子ではあるが、ここでもミニマリズムのオスティナートだ。ちなみにここからの調性はGマイナーだ。このオスティナートを8小節繰り返して第二テーマの展開形になるのだが、その1小節前(下図小節22)を16分の6拍子ではなくで16分の7拍子にしてフレージングの切れ目を作っているところが興味深い。
この第二テーマの展開形からヘミオラの嵐が始まる。採譜した。
ヘミオラを採譜する時、どの楽器のラインを基盤にして拍子記号を決めるのかが問題になるが、ドラマーがいる場合はドラマーが感じているダウンビートが基盤となる。特にこの第二テーマのようにバックビートが存在する時は分かりやすい。それに従って採譜したのが8分の6拍子プラス8分の2拍子だ。このフレーズの合計が8分音符8つなので4分の4拍子と採譜することもできるが、ユーゴは決してそういう演奏をしていない。言い換えれば、彼は8分音符2つグループで演奏しているのではなく、3つグループで1、2、3、2、2、3 、1、2として6拍子+2拍子を演奏している。
これに対し、第一のヘミオラがピアノの16分の5拍子フレーズのオスティナートだ。ちなみにこの16分音符のパルスは前述の通り最初から同じテンポだ。次に第二のヘミオラがベース・ラインだ。これがなかなか凝っている。なんと16分の11拍子プラス16分の5拍子なのだ。上図の譜面を見ながら音源をお聴き頂きたい。この8分の6拍子の最後の16分音符はアンティシペーション(食い)ではない。
さて、2分53秒の位置から第三テーマが始まる。この曲最初の第一テーマであったCとFの跳躍の展開形としてCとGの跳躍だ。さて、ここから新しいヘミオラが始まる。2拍3連、つまり6個の16分音符に対して4つの8分音符をスーパーインポーズして複雑なリズムを作り始めた。
そして、究極の恐ろしいヘミオラが第三テーマの展開形として登場する。
最初から一貫したパルスを提示していた16分音符を5連譜としてビート化し、それに対して直前のセクションの8分音符の連打を4対5で演奏し始め、8分音符の連打を遅くしているのだ。ここからこのテンポの入れ替えの応酬が始まる。なんともスリリングだ。この7分強の曲でここに至るまで3分強。ジワジワと展開し、ここに来てドラムを解放して盛り上げる。実に素晴らしい。ぜひお楽しみ頂きたい。
冒頭で追記したように入稿後に知ったのだが、なんとアマーロは6月後半に日本ツアーがあるらしいので、ぜひライブで彼の音楽をお楽しみ下さい。