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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 294

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #83 番外編 “What it takes”

只今筆者日本ツアー中で、多忙なスケジュールの中、今日1日だけオフの日ができたので徒然と書き連ねてみたいと思う。通常の楽曲解説にならないことをご了承ください。

日本に向けてアメリカを発ったのは9月16日。些細なことなのだが、タイミングの悪いことが数件あった。まずiPhone 14もApple Watch Series 8も来日中にボストンの自宅に届いてしまうと判明。帰米するまでに下取り期限が切れてしまうため、大変な思いをして獲得した予約をキャンセルしなければならなかった。Apple Loverとしては痛恨の極みである。だがもっと悲しかったのは、待ちに待ったマイルスの『That’s What Happened 1982-1985 (The Bootleg Series, Vol. 7)』が飛び立ったその日に自宅に届いたらしいということだ。もちろん日本に到着したその夜にApple Musicでダウンロードした。聴いてみると想像を遥かに超えた作品だ。なぜこんなすごいものが今までリリースされていなかったのか、謎が謎を呼ぶ。こうなるとブックレットが読みたくてしようがない。

That's What Happened 1982-1985 (The Bootleg Series, Vol. 7)
That’s What Happened 1982-1985 (The Bootleg Series, Vol. 7)

到着してすぐに東京でラジオ出演し、その後関西に移動。超過料金を払って搭乗したほどの機材の多さから公共交通機関での移動は不可能なので、全行程成田からのレンタカーだ。生憎の台風。通常6時間ほどの行程が8時間かかった。京都と神戸のご機嫌なライブを2本済ませて東京に戻る行程も次なる台風。今度はなんと10時間かかった。当然道中、iPhoneにダウンロードした『That’s What Happened 1982-1985 (The Bootleg Series, Vol. 7)』をループ状態で聴きまくった。三枚組なので3時間22分で1セット、長いドライブも全く苦にならなかった。このアルバム、馴染んだ曲ばかりなのに全てが新鮮だ。

この3枚組みの最初の2枚は未発表のスタジオ録音で、J.J. Johnson(J.J. ジョンソン)をフィーチャーした、かなり意外性の高い3曲が特に際立っている。そして3枚目は未発表のライブ録音だ。これは1983年のMontreal(モントリオール)Jazz Festivalの模様で、よく知られているDVDより2年前の録音だ。ここでのマイルス・バンド、絶好調でこれもなぜ今までリリースされていなかったのか謎だ。

台風の暴風雨の中の運転で聴いていたので曲目はわからないが、この3枚目で急にライブ録音に変わったことはすぐにわかった。マイルスが弾いているのだろうと思われるシンセサイザーの単旋律が始まり、F7とB♭7のオルタードコードがルバートで2回繰り返され、マイルスのトランペットが奏でる強力なビバップ・フレーズが登場し、そのフレーズの最後にFの1オクターブ上向グリッサンドが登場する。これにやられた。もうごめんなさい降参です状態だ。車を大嵐のサービスエリアに停めて何度も聴いてしまった。採譜してみた。赤矢印で示したのが、その問題の一発だ。

『My Funny Valentine」(1964)
『My Funny Valentine」(1964)

マイルスにはこれがある。1964年のライブアルバム、『My Funny Valentine』に収録されている<Stella By Starlight>でマイルスが披露したヘッド(日本ではテーマ)は、それこそ聴衆の心を鷲掴みにするほどパワフルで、ブリッジの最後にタイムを出すことを示唆したマイルスの2音、F# – B のところで聴衆の一人が感極まって「あぁぁぁぁぁぁぁ」と叫んでしまうシーンが記録されている。これを聴くたびに鳥肌が立つ。

台風のサービスエリアに戻る。心を落ち着かせて『That’s What Happened 1982-1985 (The Bootleg Series, Vol. 7)』の続きを聴くと、この曲は同年に発表された『Star People』(1983) に収録されている<Speak>だと判明した。この曲が特に印象に残るのは、Fブルーノートスケールをテーマにしているが、ガンガンにグルーヴするMarcus Miller(マーカス・ミラー)のベースはFではなく、コードに存在しないEナチュラルだ。しかも解放弦をスラップしているので強力なグルーヴを醸し出している。なんとかっこいいこと。

What it takes

英語の表現に「What it takes」というのがある。使用例は。

He has what it takes.
彼は成功するために必要なものを備えている。

You don’t have what it takes.
おまえには無理だ。

この言葉には、修行すればできるようになることを示唆していない。生まれ持ったもののことを言っているのだ。

エンターテインメント関係では、このwhat it takesがある種のグレーエリアとして存在すると筆者は常々感じている。音楽家を取っても、惹きつけるような音色も、テクニックも、アイデアも、ステージプレゼンスも充分あるのに、そこそこの成功しか収めないアーティストを見る。カリスマ、と言ってしまうのは短絡的だと思う。これが本当の意味での才能ということなのだろうか。

ここでちょっと話の寄り道をする。英語で「才能」はTalentだ。この言葉は聖書(マタイ25:14~29)に派生する。タレントというのは古代ギリシャの貨幣であるタラントのことだ。聖書を抜粋する。

天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。

さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。

すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』

その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。

私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』

ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』

だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。

当時の1タラントは3,000万円相当と言われている。この話は一般に「自分の能力を活かして成長しなければならない」と解釈されると聞くが、筆者が太字で表せた箇所から、「最初からネガティブな者は成功しない」という教えだ、とする聖書研究書も多々ある。Talent、才能、これらの言葉の定義が実に漠然としている。ただし、最後の一文、「だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。」は、才能がないものは努力しても無駄だ。努力しても失敗する、と示唆しているようにもとれる。

そう言えば英語の「Talent」は日本語の「才能」よりもうちょっと分かりやすい。英語の場合「Talented」の意味は想像より軽く、「人よりできる」程度だ。そして「Gifted」になると「生まれ持った(授けられた)能力がある」というように、格が上がる。両親がスポーツ選手の子供は往々にして「Gifted」なのだと思う。身体の作りが違うのだろう。だから、聖書のタラントの例えは「Gifted」と解釈されるべきではないかと筆者は感じる。

What does it take?

「何が必要なのか」を考えてみる。蛇足だが、映画の台詞でよく聞く「Whatever it takes」は、手段を選ばないという、似て非なる意味だ。

©The Irving Penn Foundation
©The Irving Penn Foundation

よく音楽はテクニックではないということを聞くが、これは非常に誤解を招きやすいと思う。テクニックは最低条件なのだ。自分を表現するためにはそれなりのテクニックが必要で、テクニックに限界があれば当然そういう演奏になる。但し誰にでも限界はある。そこで自分のテクニックの限界を熟知し、その70%の力で自分の表現したい演奏を構築する能力も必要になってくる。例外は、作曲家が譜面で要求したものがテクニックの欠如から演奏できない場合だ。事前に譜面や録音を手渡された場合に必要になって来るのが、「練習したものが身に付く才能」だ。練習の方法論という次元の話ではない。世の中には練習したものが簡単に身に付いてしまう才能を持ち合わせた演奏家がいるのだ。これは「Gifted」の領域だ。

ちなみに、超絶技巧を得意げに披露して賞賛される演奏家に対し筆者は疑問を感じることが多々あるのだが、それだけ多くの聴衆に賞賛され続けるのは、ひょっとしたら筆者の価値観がズレているのかと迷うことがある。もちろん自分にできないことができる者に対する尊敬の念は欠かさないが、果たしてそれはプロとしてお金を頂戴して見せびらかすことなのか、と疑問に思うのだ。マイルスのテクニックは半端ない。だが誰もマイルスのテクニックを取り沙汰しないのは、マイルスの音楽はそんな次元ではないからだろう。また、マイケル・ブレッカーのテクニックは周知の通り超絶技巧だが、彼の演奏には聴衆を惹きつける音楽がしっかりと表されている。

Photo: Francis Wolff
Photo: Francis Wolff

どんな超絶技巧でも、音色に魅力がなければ聴衆を惹きつけることはできない。まず、自分が出したいと思う音色を出せるテクニックが必要になるが、それ以前に自分が出したいと思う音色を知る必要がある。そして、その自分が出したい音色が聴衆を惹きつけられるか、という問題がある。これを知り、実現させる能力を備えることも才能だ。マイルスはクラーク・テリーの音色を研究し、真似するうちにマイルスにしか出せない、誰にも真似できない音色を築いた。マイルスの音色は全ての音楽家にとってのビーコン(導き手)であると筆者は信じる。

タイム感、これは筆者にとって重要だ。クラシックだろうが民族音楽だろうが、演奏した音がその場で過去になる音楽という芸術では、その内包する時間経過がどう進むのかが非常に重要だ。以前に何度も書いたがこのタイム感はその国で話される言葉のタイム感と同期する。筆者はこれを理解していない演奏につまずいてしまうのだ。この話題は微妙で、聴衆もそれを理解していない場合はたいした問題ではないのかも知れない。だがそれ以前に「体内メトロノーム」が存在するかどうかの問題はある。ビート感がない環境で育った場合、または単に生まれつき「体内メトロノーム」を持たない場合だ。これは練習して簡単に身に付くものではない。

さて、このあたりから玉虫色の話になる。例えばビジネスの才能だ。お金の勘定や、自分を安売りしないでビジネスする能力などで、これは筆者の苦手分野なので解釈を割愛する。次に運を掴む、または運を呼ぶ才能だ。これは最も「Gifted」の領域で、努力して身に付くものではない。また、コネを作る能力だって、自分が興味を持たれる人間でなければならないことから、これも「Gifted」の領域だと思う。

結論としては、結局カリスマ性の問題なのだろうか、と思ってしまう。そう、マイルスには間違いなくカリスマ性が強力に存在するのだから。マイルスのステージを初めて観た時、バンドメンバーはマイルスの一挙一動に集中し、マイルスの意図する音楽を具現化させるためにアンテナをビンビンに張らせていた、あの光景が今でも目の裏に焼き付いている。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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