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Hear, there and everywhere 稲岡邦弥No. 290

Hear, there and everywhere #37「内藤忠行トーク・イベント」

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo by 小野健彦/稲岡邦彌/大井義弘

内藤忠行トーク・イベント「ジャズ、そしてマイルス・デイヴィス」
2022年5月29日 13:30 @World Jazz Museum 21 伊香保

無謀に思えた World Jazz Museum 21 (WJM21) だが昨年11、12月のプレ・オープニングも外山喜雄・恵子ご夫妻の多大なご協力を得るなどして成功裡に終えることができた。後追いになったが文化庁AFF の助成金も認められ経済的にもなんとか切り抜けることができた。WJM21の詳細については前号の拙稿「ワールド・ジャズ・ミュージアム21開設の意義」を参照願いたいが、要は写真を通してジャズを中心とするブラック・ミュージックの意義を再認識してもらうことと、資料の保存と閲覧にある。資料の中でも写真(プリントとフィルム)の保存は軽視されがちで、例えば、借用を願い出たジャズ・カメラマンのパートナーからは「主人が亡くなった時にすべて処分しました」と言われた時には電話口でしばし呆然としたものだった。しかも一人ではなく二人から異口同音に言われたのだ。続けて「どこかで見かけたらご自由にお使い下さい」とも。写真にももちろん撮影者の著作権と被写体の肖像権が認められているのだが。もっともこの場合は故人と親しい間柄にあった僕に対する好意と理解しているが。
厳冬期を終えてWJM21のグランド・オープンは4月15日、通年のテーマは「よみがえれ “栄光の70年代”」で、オープニングは第一世代のカメラマン内藤忠行さんの「ジャズ、そしてマイルス・デイヴィス」と第二世代の菅原光博さんと石井志津男さんによる「レゲエ・ヴァイブレーション」に決まった。
内藤さんとは70年代早々から仕事の場を共有させていただいており、長いキャリアで3つのエポック・メイキングな出来事があった。ひとつ目はECMとの出会い。ECMの総師マンフレート・アイヒャーが初来日した折り内藤さんのスタジオに引率、たくさんのカラーポジの中から何点かを持ち帰り、まもなくそれらがECMのカバーアートとして反映された。現在のようにまだIT化は始まっていない時代、次は僕が渡独の際、内藤さん自薦のポジをECMに届け、それらも採用された。内藤さんの作品がECMのカバーを飾ったのはキース・ジャレットを始め10点ほどだったか。次の出来事は、内藤さんがアフリカでフィールド・レコーディングしてきた環境音のLP化である。内藤さんの印象的なアフリカの写真がカバーに使われたこの数枚のアルバム、当時は怪訝な顔されたものだが、現在ではクラブDJがイントロやチルアウト用に盛んに回しているという。3番目の出来事は内藤さんのビデオ作品「ZRBRA」の音楽制作である。当初予定していたキース・ジャレットとジャック・ディジョネットのデュオが実現せず、レスター・ボウイとジャックのデュオをウッドストックのカーラ・ブレイのスタジオで録音した。キースからレスターへのスイッチが結果的に大成功で、ジャックのプログラミングされたポリリズムに乗って大地を歌うレスターのトランペットに胸が震える。内藤さんのビデオの完成を待つ間に先行して音楽をリリースすることになったが、ジャックもすっかり気に入り米MCAからリリース、いまだに来日するたびにビデオの消息を聞かれている。

当日朝、バスタ新宿から、内藤さんとJazzTokyoでLive after Liveを連載している小野健彦が加わり3人で渋川に向かい、渋川からは菅原光博館長のメルセデスで美術館へ。そうそう、途中、名物の舞茸の天ぷらを付け合わせに蜂蜜うどんを啜ったのだっけ。内藤さんのトークは非常に多岐に亘り、詳細を極めたこともあって60分の予定が90分にも及んだ。内藤さんの実家は浅草で「シャーリー」という洋食レストランであるから始まり、現在の最大の関心事、「雲」と「カラスの糞」と「団子虫」まで。もちろん途中、参加者の最大関心事マイルスの撮影秘話を含めて。内藤さんに電話をかけると決まって背後にエレクトリック・マイルスが鳴っているが、内藤さんの作風に最大の影響を与え、作風を変えさせたのはエレクトリック・マイルスである。マイルスは強烈な雷光を背後に自身が前進する内藤さんのモンタージュ写真を気に入って所望、お返しに自筆のイラストを送った。「ブルータス」の取材ではマイルスは自らポーズを取り内藤さんは夢中でシャッターを切り続ける。イノヴェイター同志の真剣勝負だ。撮影が終わってインタヴューの時間になったが、精魂尽き果てた内藤さんは質問を発することができない。やっと絞り出した問いが「あなたにとって創造とは何ですか?」。返ってきた答えは「創造とはエゴだ!」のひと言。以後、内藤さんの創作活動の金科玉条となった。
内藤さんが現在挑戦しているのはAIを活用したメタバース(meta-verse) の構築。森の中に仮想空間を造り様々な雲をモーフィングしてキャラクター化するという。そのために雲の写真を15万枚以上撮影。資金の提供者待ちというが、部外者にはまるで雲を掴むような話。アフリカをテーマにした16本の短編映画を作るという話は分かりやすかったが。カラスの糞と団子虫については遠方まで足を運んで下さったお客さんの特権、僕がここで簡単に明かすわけにはいかない。
菅原館長のロフトで一泊、翌朝は近隣の地球屋に出かけ自家製のパンとコーヒーで内藤さんの81歳のバースデイを祝った。「こんなに爽やかな誕生日の朝を迎えたのは初めて」と微笑む内藤さんの顔が朝日に眩しかった。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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