#34 King of Fighters
週刊誌で『1984年のUWF』という新刊の広告を目にして、かつてUWFの仕事をしたことを思い出した。もっとも僕の場合は、UWFが分裂し、高田延彦が1991年に新たに設立したまったくの別団体「UWFインターナショナル」(略称UWFインター、Uインター)の方である。
当時、マネジメント会社を経営していた同僚の村田雅彦から所属の作曲家・西村直記のために新しい仕事を取ってきたからと音楽制作を依頼された。内容を聞いて驚いた。プロレス団体UWFインターをテーマにしたアルバムだという。西村は東京芸大を卒業後、地元愛媛を中心に活躍していたが、自身のコンサート開催中に家族が不幸に遭い、快復を願っての四国八十八ヶ所遍路を経て宗教音楽に傾注している作曲家である。御仏や善男善女の安寧のための音楽をライフワークとしている作曲家に、よりによって切った張ったの荒事を生業をするプロレスの賛歌を制作させるとは...。
西村との初仕事は1990年12月、バチカンでのローマ法王パウロll世謁見演奏のライヴ収録(録音担当は、本誌録音評で健筆をふるう及川公生師)。西村が作曲した<宇宙巡礼(スペース・オデッセイ』>、西村のシンセ・オケをバックに生の尺八、箏、バリトンがソロの妙技を披露する仕立て。パウロll世を前に全世界から参集した二万人を超す信者が競って賛美を展開する。演奏を開始するきっかけがポイントとなるが、バチカンに通じる現地の有力在留邦人のリードで無事賛美を全う、”一発録音の鬼” 及川師が見事に収録に成功した。これが西村直記の出世作となった『宇宙巡礼(スペース・オデッセイ)」(Polystar)である。
尻込みする西村の尻を叩いた村田マネジャーに連れられて大阪府立体育館のかぶりつきに座る。3番手の田村潔司の場面で流血、血しぶきが飛んでくる。常連と思われる前列の客が開いた傘で血しぶきを避けながらの観戦となった。続く、テーマ曲の制作を依頼されたヒール(悪役)の山崎一夫とファイナルの高田延彦のバトルをとくに注視したのだが今となっては対戦相手すら思い出せない。TV観戦に慣れているとアングルの固定されたリングサイドは逆に全体の構図がつかめないという贅沢な悩みも出てくる。結果、山崎と高田のイメージをしっかり頭に叩き込むのが精一杯。
すでに人気曲として親しまれているテーマ曲についてはヘビメタ風ギター・ソロを目一杯フィーチャーし、3連符で畳み掛け、CDでの鑑賞にも耐える工夫をする。現場のオープニングに使用する場合は、シンセのトゥッティをリピートするなどして調整する。ギター・ソロは腕っこきのスタジオ・ミュージシャンに依頼したのだが、シンセで弾きまくったソロをギターに移し替えるのにはそれなりのテクが必要だった。問題はヒールの山崎のテーマ曲だ。仏に帰依した西村のもっとも不得手とするところである。「地獄を想像してください。あの阿鼻叫喚を!」「そんなこと言われたって、行ったことないからねえ」。などと問答を繰り返しつつ、仕上がったいくつかのフレーズを切ったり貼ったり繰り返したり。最後に頭からローラーをかけてヒールらしい楽曲が仕上がった。本当はこちらにヘビメタ風ギターを持ってくるのが常道なのだろうけどあえてシンセ1本で通した。タイトルだけはヘビメタ風に<Hell’s Messenger>(地獄の使者)...。
それから、5、6年後だろうか、かつての同僚からユニークな男女のデュオがいるからと、宇崎竜童が経営する赤坂のライヴハウスへ案内された。一聴、タック&パティを思い出させる男性ギターの名手と女性ヴォーカルの華。何より驚いたのはそのギタリストこそ、UWFインターのテーマを弾いてくれた横田明紀夫だったこと。幸い、このデュオはビクター・エンターテインメントのA&Rに気に入ってもらいレコーディングの運びとなった。山中湖畔のビクター・スタジオ(当時、現サウンド・ビレッジ)で合宿しながらの録音だったが、基本は小細工を弄しないストレートなジャズのスタイルを通した。2001年、グループ名そのままに『Fried Pride』として Concordレーベルからリリースされたが好評を博したようだ。すでに10枚のCDをリリースした、と数年前にドイツ文化センターでひょっこり出会った横田から聞いた。横田は、ソロ・ギタリストとして年に数回海外へも武者修行に出掛けているとのこと。また、何か新しい展開を考えているのかも知れない。
昨年末、友人に桜木町でランチを誘われた。同行した人物から手渡された名刺に目が釘付けになった。そこには、赤いレタリングでRINGSと書かれていた。 RINGSはオリジナルUWFのファウンダーの一人、前田日明が設立したレスリング団体である。円環(RING)はどこまでも続く...。
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