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Jazz à la Mode 竹村洋子No. 234

ジャズ・ア・ラ・モード #3. アニタ・オデイのブラックドレス

3.アニタ・オデイのブラックドレス

Anita O’Day in a perfect black dress: text by Yoko Takemura 竹村洋子

今回も映画『真夏の夜のジャズ(Jazz on a Summer’s Day) 1958年』からもう一人このフェスティバルに大きな華を添えた、アニタ・オデイについて。

アニタ・オデイ(Anita O’Day、1919年10月18日 – 2006年11月23日)は天が二つのもの、『美貌と歌の上手さ』を同時に与えた。いや、それ以上のものを与えた女性だろう。

アニタ・オデイ、というとほとんどのジャズファンが1958年のニューポート・ジャズフェスティバルでスリムなシルエットでホワイトのレースが裾にあしらわれたブラックドレスを着て、華やかなオーストリッチがついた大きなつばの帽子を被って<Sweet Georgia Brown >と<Tea for Two >を歌う姿を思い浮かべるのではないだろうか?
それほど、あのブラックドレス姿のアニタ・オデイは華やかで美しく、パフォーマンスも素晴らしく、抜群の存在感があった。

ニューポートはアメリカ合衆国ロードアイランド州南東部、ニューポート郡に位置する港湾都市。富裕層の別荘地、避暑地としても名高い。
アニタのショウは1958年7月7日の日曜の遅い午後だった。
アニタはノースリーブの体にフィットしたブラックドレスを着て登場する。裾には白地に黒の刺繍のあるレースがあしらってある。ブラックの帽子にも広いつばに白いオーストリッチが華やかについている。そして白い手袋。50年代頃までは帽子と手袋は女性の身だしなみの一つだった。

真夏の高級避暑地で催されるジャズ・フェスティバル。日曜の遅い午後にふさわしい、アニタの歌を魅力的に際立たせる完璧な装いだ。
その装いをさらに完璧にさせたのは、彼女のブラック&ホワイトの帽子、ドレス、手袋に加え、彼女の履いていたガラスのヒールのミュールだろう。普通なら、白のピンヒールのパンプスあたりを選ぶだろう。ところが彼女はそんな野暮ったいセンスの持ち主ではなかった。

アニタが選んだのは『ガラスのヒールのミュール』。ミュールとは、かかとが高く、つま先部分が覆われており、かかとに留め具が無い履物のこと。サンダルとは区別されている。アニタはインタビューでスリッパー(slipper)と言っている。彼女はセミ・フォーマルな装いの堅苦しさを見事にミュールで「抜いて」いるのだ。この人、抜群のファッションセンスを持っている。彼女はこのミュールにこだわったと思う。パンプスでなくミュールを履くことで、彼女の装いにカジュアル感が加わり、真夏のリゾート地で観客との距離感も縮まったのではないだろうか。

アニタはステージに上がる時、水溜りに足を踏み外してしまい、足元を濡らしてしまう。それをちょっと気にしながら、ステージに上がって唄い始める。ノースリーブから延びた長い腕を帽子の幅よりもずっと大きく広げ、観客に自分をアピールする。その日のアニタの美しい姿と歌声に観客は釘付けになったことは間違いない。
さらにつけ加えるならば、彼女のメイクアップの真っ赤なリップスティックとチャーミングな笑顔は彼女の装いをも凌ぐ完璧さだと思う。

それ以前の時代の煌びやかでゴージャスなステージコスチュームとは違い、シックかつ華やかなアニタ・オデイの装いはジャズ史上にもファッション史上にも残る注目すべきスタイルだ。

さらに驚くのは、このスタイルを選んだのはアニタ自身でショウの直前だったということだ。金曜の夜に、「ショウは日曜の午後」とプロデューサーのレナード・フェザーに聞かされ、彼女は土曜日を一日休むことを計画する。日曜にニューポートの街の小さなシンプルなブティックに入ってまず、ブラックドレスを選ぶ。店員がドレスの丈を少し詰めている間、白い手袋も持って来させ、髪をアップにしようと帽子も店員に頼んだところ、オーストリッチのついたあの帽子を持って来た。そうしているうちに、ガラスのヒールのミュールを見つける。全部選び終わったら、4時50分でショウの開始直前だった。(「Anita O’Day : The Life of A Jazz Singer:」by a film by Robbie Cavolina & Ivan Mccruddenより)
そんな、状況下で選んだコスチュームが素晴らしいパフォーマンスと映像をも作り出したとは驚きだ。

実際、アニタはこの日、<Boogie Blues ><S’Wonderful>を唄い、その後、<Sweet Georgia Brown >と<Tea For Two >という運びになったようだ。
私の中では彼女の<Tea For Two >の早いピッチの歌い方が、まるで帽子とドレスについている鳥がパタパタと飛んでいるような印象をずっと持っている。

アニタはバックステージで「このフェスティバルはキリストよりもずっといいわ!(This festival is better than Jesus Christ. )」と言ったそうだ。(『Newport Jazz Festival : The Illustrated History:Burt Goldblatt, 1977』による)すべてが最高だった!ということだ。神よりも。

 

*『真夏の夜のジャズ』<Sweet Georgia Brown ><Tea for Two >

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に2016年から不定期に寄稿。

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