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小野健彦の Live after LiveNo. 318

小野健彦のLive after Live #425~430

text & photo by Takehiko Ono 小野健彦

#425 7月6日(土)
成城学園前 cafe Beulmans
Tribute to Shiosaki Ikuo:さがゆき (vo) 加藤崇之 (ac) 宮野裕司 (as,fl)

 

猛暑は続くがLALは行く。今日の昼ライブは、成城学園前 cafe Beulmansで開催された『Tribute to Shiosaki Ikuo』を聴いた。
さがゆき(VO) 加藤崇之(AG) 宮野裕司(AS/FL)
私は残念ながら潮先郁男さんのナマに触れることは叶わなかったが、ジャズを聴き始めた中学生の頃だから、今からもう40年くらい前のことになろうか、ジャズの手解きを受けた先輩の勧めで八城一夫氏や西条孝之介氏との協働作業をレコード盤の中に聴き、共演者をさりげなく際立たせるしっとりとした思慮深いカッティングによる小粋なコードワークをするギターリストだなあ、という印象を強く抱いていた。たがら、薄っぺらな表現になってしまうが「品がありセンスの良い燻し銀の趣きのあるバイプレイヤー」というのが長らく氏に頂いていた印象だった。それが後年、「地底Records」の諸作を通して堂々の「主役級」として再び眼前に立ち現れて来たのだから、その折はまさに快哉を叫びたい気持ちになったという訳である。まあそれはそうとして、話を前に進めよう。今日は潮先さんとは上述の「地底」盤やライブの現場等を含め公私に亘り深いご縁を結んだお三方による極めて慎ましやかな追悼の場を我々聴き人も共有させて頂く機会を頂くこととなった。そこで披露された楽曲は、潮先さんが若かりし頃に愛したジャズナンバーを潮先さんとゆきさんで丹念に掘り起こしそこに潮先さんならではの美しいコードを付した「潮先譜」を使い、事前のセット決めは行わずにゆきさんと宮野さんのまさにその場の閃きで順に曲が決められ演奏がなされるという作法が採られたが、そこはいずれも潮先さんを自らの表現活動の精神的支柱としている稀代の表現者お三方のこと、「譜」に潜むエッセンスに向かい研ぎ澄まされた集中力で収斂して行く緊張感のある音創りが粛々となされて行った。私が今日の演奏に触れていて特に印象に残ったのは、互いの互いに対する信頼感の厚さと対応力の速さとでもいうものであった。その両面が併存したからこそ、落ち着きのあるアンサンブル感覚と片時も緊張感がとぎれることのない一音一音に宿されたスピード感覚が生まれ、その崇い創造性に律せられた音の塊がこちらの心を打ったのだと確信した。最後に、今日のステージは、前に触れた主に「地底」の『I wish You love』盤の収録曲が中心となったが、中に一曲、1stセットの最後に「日本の歌謡曲」が供された。それは、発売以来好評を博しているゆきさんが八木のぶお氏と共に吹き込んだ『中村八大楽曲集』にも収録されている〈ねむの木〉(’62 谷内六郎作詞/中村八大作曲)だった。因みに同盤のジャケットは谷内画伯による〈青い曲〉であり、聞けば、ジャケット選定に際し、この画に触発されたゆきさんは、この画でなければ発売しない、とのコメント迄なされたそう。今日の会場には、その作品の使用を快諾された(ゆきさんとはこの日が初対面となった)谷内画伯の娘さん等遺族の方々も来場されており、ゆきさんから直々に感謝の想いが唄を通して伝えられた感動的な場面があったことも書き忘れてはなるまい。以前にも書いたことがあるが「音は人と人との得難きご縁を結ぶ」、「ハコは、その人間交差点」を改めて実感出来た嬉しい午後のひとときだった。

#426 7月7日(日)
町田 ニカズ
「光の中のジャズ」〜『七夕DUO』ミヤマカヨコ (vo) meets 小太刀のばら (p)

独創的な歌姫との再会が続いたこの週末のLAL。三連荘の最終日となった今日の昼ライブは、お馴染みの町田ニカズ日曜昼恒例「光の中のジャズ」にて『七夕DUO』を聴いた。
ミヤマカヨコ(VO)MEETS小太刀のばら(P)

今日が三度目の手合わせとなったこのおふたりの共演に対して、元岡マスターの前口上には、その真意は兎も角として、「どこの星団から到着したのか」「どこの宇宙から紛れ込んだのか」と言った評が踊ったが、蓋をあければどっこい、「世界の中心で、愛を叫ぶ」ではないが、「地球のど真ん中で、ジャズの王道を静かに語る」とでも言ったやうな極めてオーソドックスな音創りが展開された。絶妙なかそけきタッチに満場がいきなり引き込まれたのばらさんソロによるオリジナル〈七夕〉で幕開けした今日のステージでは、R.ノーブルを手始めに著名なアメリカンスタンダード曲の数々を織り成しつつ、D.エリントンとT.モンク作品から其々数曲ずつを経由しながら、これは私には嬉しい選曲だったD.チェリー作品迄をも網羅するまさにジャズの王道路線が次々と披露されることとなった。それらに総じて私が強く印象に残ったのは、ミヤマさんの一切の虚飾を拝した気風の良さとのばらさんの選び抜かれた音数の少なさが生み出した圧倒的な説得力だった。互いに徒に寄り添い過ぎない距離感の心地良さは格別であり、走り過ぎず、はしゃぎ過ぎず極めて落ち着いた弱音の中に自らの主張を吐露し合った音場に一服の清涼感を得た感のある午後のひとときだった。

#427 7月13日(土)
代々木上原 MUSICASA
〈筝の顛末vol.13〉『源氏物語』の女君たちI「桐壺」松浦このみ(構成・朗読)  八木美知依(作曲・十三/十七/二十一弦筝・エレクトロニクス・唄)

今日の昼ライブは、初訪問の代々木上原MUSICASAで開催された〈筝の顛末vol.13〉『源氏物語』の女君たちI「桐壺」を聴いた。
松浦このみ(構成・朗読)[朗読と生演奏で空間をつくるプロジェクト:〈gusto de piro〉主宰]
八木美知依(作曲・十三/十七/二十一弦筝・エレクトロニクス・唄)
陣野英則(監修・解説)[早稲田大学文学学術院教授]

先ずは本日の会場となったMUSICASAであるが、渋谷・宇田川町派出所や JR さいたま新都心駅あるいは東京駅銀の鈴待合広場等の設計・デザインをしたことでも知られる故エドワード鈴木氏の設計によるものであり、建築好きの私としてはその空間との出逢いも楽しみに開場の時を待った。果たして、昼夜二公演での開催となった本日の私が立ち会った昼公演は、折からの暑さにもめげず多勢のお客様が来場され用意された80席超が満員御礼になる中で定刻14時に舞台の幕が切って落とされた。

以降、約100分に及んだステージを概観すると以下の様になる。

①  松浦氏による「桐壺」から抜粋した五つの場面の朗読:場面毎に原文と現代語訳を読み分け
現代語訳・訳者:谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴、林望
②八木氏による新作オリジナル曲と即興演奏
因みにラジオ・パーソナリティ/ナレーターでもある松浦氏と八木氏による朗読と筝で物語の空間を描「琴の顛末」シリーズは十数年に及び、そのお二人が満を持して新たに源氏物語シリーズに取り組む第一回を今日愛でたく迎えられたというのがことの次第である。
③陣野教授による各場面の背景、関連情報の詳細な補足・解説等
因みに松浦・八木両氏は陣野教授から月一度zoomで講義を受けリハーサルを重ね本公演に臨んだという。
どうだろう、以上をお読み頂けただけでも今日の現場が単なるライブの現場では無かったことを窺い取って頂けるのではなかろうか?

まあそれはそうとして、肝心の音、である。
先ずは松浦氏の朗読だ。氏は徒らな抑揚は一切付けずに場面場面に刻まれた言葉を澱みなく読み切った。それだからこそ、古に記されたコトノハのひとつひとつが極めて活き活きとストレートに客席へと届き来た感があった。次に八木氏の演奏だ。永きに亘る協働の道程を経て、松浦氏の呼吸の間合いを知り尽くしていればこそだろう。即興演奏のパートでは松浦氏に寄り添い過ぎず、適度な距離感を維持しながらも静かに刺激を与え続けながら、ふたりの音場を心地良い緊張感の中に収斂させた音創りは流石熟達者の仕業と言えた。また、本公演のために新たに書き下ろしたオリジナル曲は、各場面から得た八木氏自身の心象風景を独自のサウンドの中に鮮やかに具現化させてみせた点で各場面の世界観をより一層際立たせることに功を奏したと強く感じた。
そんなおふたりの捉えた桐壺像が更に陣野教授の詳細な解説を得て、我々聴き人は、古に紡がれた一編の物語を現代に引き寄せ、立体的に感じとることが出来たのだった。ここでかつての高校時代の授業を思い返すと、「ものかだり」はもともとナレーションという意味を持ち、年長者が娘たち等に語り聞かせていたのが始まりだったと聞かされた記憶がある。まさに源氏「物語」は目で読むものではなく耳で味わうものなのであろう。その意味では私自身本格的にはほぼ初体験とも言える源氏物語との出逢いをまるで「〈聞香=ききこう〉:こころを傾けて香を聞く」の如く今日のような極めて落ち着いた格好でさせて頂ける機会を得たことに大いなる幸せを噛み締めているところである。

#428 7月20日(土)
合羽橋 なってるハウス
原田依幸 (p) 山田丈造 (tp)

暫くの無沙汰が続いたお馴染みの合羽橋・なってるハウスにて、注目していたDUOを聴いた。
原田依幸(P) 山田丈造(TP)
林栄一氏、板橋文夫氏、秋山一将氏等いずれも強者である先達のバンドでの表現活動を経て最早押しも押されぬ中堅どころとなっている山田氏と片やフリーフォームの高峰である原田氏が相見えどの様な音創りを行うかに強く惹かれこの日この刻に狙いを定めたというのがことの次第。
果たして、八十八鍵を完全に自らの掌中に収めながら選び抜かれた単音から印象的な和音、更には持ち味の高速パッセージ迄をキレ味鋭く連ねながら透徹から鮮烈に至る多彩な叙情を鮮やかに描いてみせた原田氏に対して、「ミュート」では繊細なくぐもりを、「オープン」では、伸びやかな華やかさを演出しながらも所々で「待つ=吹き急がない」姿勢すらも垣間見せた山田氏のスピード/タイム感覚のコントラストが印象的だった。
どこを切っても血飛沫が飛び出すような互いに削ぎ落とし尽くした音の連なりの中に揺蕩ったからこそであろうか、緊張感溢るる音場の中に在ってこの生粋のメロディストふたりから期せずして湧き出した1stセットでは、〈over the rainbow〉の、2ndセットでは〈stardust〉の儚い断片がこちら聴き人の胸に強く迫ったのだと感じている。

#429 7月27日(土)

R’s ART COURT(労音大久保会館)
『第21回永山子ども基金チャリティートーク&コンサート ペルーの働く子どもたちへ』
「カルメン・マキ(唄/語り/鳴り物等)× 桜井芳樹(eg,ag)DUO」

巴里オリンピック開会式の高揚感も醒めやらなぬ中駆けた今日の昼ライヴは、初訪問のR’s ART COURT(労音大久保会館)で開催された『第21回永山子ども基金チャリティートーク&コンサート ペルーの働く子どもたちへ』にて、「カルメン•マキ(唄/語り/鳴り物等)×桜井芳樹(EG/AG)DUO」を聴いた。
以下では、肝心の音に触れる前に先ずは関連することどもから整理しておきたい。初めに「永山子ども基金」について。当該HPによると、’97/8-1に処刑された永山則夫さんが死刑執行の直前に残した遺言「自分の著作印税を日本と世界の貧しい子どもたちへ、特にペルーの貧しい子どもたちに使ってほしい」の遺志を継ぎ、死刑制度、貧困、少年犯罪、児童労働などの問題を多くの人と考えるためのトーク&コンサートを開催(死刑執行日8/1前後の土曜日且つリアル開催に拘り)、’04以降氏の印税約1千万円は毎年ペルーの働く子どもたちに送り続けるとともに教育プロジェクトや活動資金に、またコンサート収益金も奨学基金として活用されているとのことだった。次に、「マキ× 桜井DUO」について。近年マキさんが鋭意推進中のDUO×DUOシリーズで5月共演が企画されるも桜井氏の体調不良により延期、その後今週火曜日に他所にて、清水一登氏を交え邂逅の機会を得るも、私は残念ながらスケジュールが合わず伺うことが叶わなかったため、有り難いこの土曜日開催の情報をかなり早目に入手出来ていたこともあり満を持して現地入りすることが出来たという訳だった。

そうして迎えた今日の現場は、暑い陽射しの下ながら、この組織の永きに亘る地道な活動に対する深く広い理解と当日の映画・朗読・講演・コンサートといずれも重味のあるプログラム構成を得てか、前売完売の中開幕の時を迎えた。果たして、私にとって待望のDUOパートはブログラムの後半、開幕から約90分後の第二部としてセッティングされた訳であるが、おふたりは、特にマキさんにとって自家薬籠中の作品を中心に持ち時間を優に超過した大凡1時間強を使い噛み応えのある音創りを展開して行った。因みに今日披露された作品のごく一部をご紹介すると、朗読物では、寺山修司〈懐かしの我が家〉等や萩原朔太郎〈白い月〉を採り上げると共に、唄物では、〈アフリカの月〉、〈少年〉、〈デラシネ〉、〈月夜のランデブー〉等々を経由しつつ、他には少し意表をつかれた感のある仲井戸CHABO麗市作〈ガルシアの風〉や桜井氏オリジナル〈夜の虹〉を織り成しつつ満場のアンコールに応えた浅川マキ作詞版〈それはスポットライトではない〉に至るまで、実に全15編余りに亘る佳作の数々を一切の淀み無く並べてみせた。そんなおふたりの終始極めて落ち着きのあるステージは、さながらロードムービーのように我々聴き人の眼前に多彩な叙情と景色を表出してみせてくれた。しかしその丁寧なニュアンスに律せられた数々の音運び上の所作は、決して何かを声高に叫ぶのではなく、全てが(単なる音の大小という意味では無い)pp(ピアニシモ)な思慮深さの中に収斂された感があり、だからこそ発せられる言葉のひとつひとつ、爪弾かれる音のひとつひとつが残らず凛とした存在感を湛えながら静かな説得力を持って2百人に及ぼうかという客席の隅々にまで響き渡ったのだろうと強く感じた。

#430 7月31日(水)
合羽橋・なってるハウス
山崎比呂志 (ds)  波多江崇行 (g) DUO

 

開場時間直前、下町・台東区全域が集中豪雨に見舞われる中、私自身ずぶ濡れになりながらもようやっと辿り着いたお馴染みの合羽橋・なってるハウスにて、
山崎比呂志氏(DS)と波多江崇行氏(G)
のDUOを聴いた。

思い返せば、両者の共演は昨年3/28、兼ねてから山崎氏との共演を熱望していた波多江氏が井野信義氏(B)を交え、同所での山崎氏83thBD記念ライブに臨んで以来であり、実は今宵も当初の出演クレジットでは、同じトリオでの再演が予定されていたのだが、井野氏が急遽不参加となったため、期せずして山﨑対波多江の初の手合わせが実現したというのがことの次第である。果たして、編成変更の影響が両者の演奏プランに影響を与えたか否かは知る由もないが、今日のおふたりの演奏を聴いていて、私個人的には戸外の雨模様との符号を感じさせられながらのひとときを過ごすこととなった。
幕開け早々仕掛けたのは山崎氏。スネアとバスドラの強打によるコンビネーションは、さながら夜空に光り響きわたる一筋の落雷を想起させた。その後はスティック、ブラシ、マレットを順に手に取るシークエンスが訪れたが、そのニュアンスはこの表現者独特の思慮深さに溢れていたため、それはまるで小雨から霧雨に至る雨情の諸々を静かに浮かび上がらせるに至った。そんな山崎氏の音創りに対して波多江氏も付かず離れず音列を連ねて行くが、中でも所々でエフェクターを効果的に駆使しながら繰り出したピチカートのくだりは雨垂れの響きにも似て熱っぽさを帯びた音場を鎮めるのに功を奏した感があった。そうして進んだ今宵のステージは総じて雷鳴轟くようなフリーフォームに至る場面は少なく、「驟雨」を想起させる印象派風の叙情を強く感じさせられるものだったと言える。さて、この後少し短めのブレイクの後で、山崎氏から思いがけない提案が。「セッションやろうか?」と。その声の先には同所現店長・横山知輝氏(B)と前店長・小林ヤスタカ氏(sax)の姿が。そうして、2ndセットは、山崎波多江も加わった「なってるスペシャル4」が実現することとなった。このパートでは初め静かに互いの出方を測り合う気の畝りとともに最後はかなり激烈なフリーフォームへと転じて行った。最後の山崎氏による「リン」の余韻が消えた後、戸外を見れば、雨はピタリと止んでいる始末。1st、2ndと趣きは全く異なったが、どちらも、ここ「なってる」ならではの。否、「なってる」だからこそのなんともドラマティックな時の移ろひだった

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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