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Reflection of Music 横井一江No. 244

Reflection of Music Vol. 61 藤井郷子


藤井郷子 @公園通りクラシックス 2018
Satoko Fujii @Koen-Dori Classics, Tokyo, July 10, 2018
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


今年の初めのことである。
「還暦記念『月刊藤井郷子』を出します」というインフォメーションを受け取った。その時、私は彼女が冊子を定期的に出すのだと勘違いしそうになった。次の瞬間にこれは毎月新譜をリリースするということだと気がつく。言葉を額面どおり受け取って、月刊だから刊行物であると思ってしまったのは、物書きの性かもしれない。しかし、彼女にとっての表現手段は音楽であり、それをダイレクトに伝えるメディアというとやはりCD、フィジカルな媒体ということで『月刊藤井郷子』なのだなと納得したのである。

藤井はこれまでも一年に数枚のペースで、自身のレーベル Libra を含む各国のインディペンデント・レーベルから多くのCDをリリースしてきた。そこに、CD制作において作品性を追求するよりもメディアとしての機能を活用する彼女の考えが表れている。これは個々の作品が安直に制作されているという意味では決してない。あるテーマに基づき、パッケージ他も含めて凝ったCD制作をし、それを日常的なライヴ活動とは別の独立した作品として呈示するのではなく、彼女にとってのCD制作はライヴ活動と地続きのところにある。現在進行形のプロジェクトを伝えること、またCD化する作業を経て、ネクスト・ステップへと歩みを進める彼女なりの方法論があるように思う。

早いもので、パートナーの田村夏樹共々アメリカから帰国し、東京を活動の拠点にしてからもう20年が過ぎた。私が彼女の活動に興味を持ったきっかけはオーケストラだった。あくまで個人的な好みなのだが、フリージャズ以降のコンテンポラリーなオーケストラにずっと興味を持っていたこともあり、彼女の活動が視界に入ってきたのだ。だから、一年に一度くらい、どこかで彼女の東京オーケストラを観ることを楽しみにしているのである。このオーケストラは、ほぼ同じメンバーで続いているだけに、即興演奏も含めて、固有のサウンドを持っている。それだけに、彼らが難解?な藤井の作品他をいかに演奏するのか、いつも興味を惹かれるのだ。なぜなら、彼女がメンバーの個性を熟知していることもあって、ある種の裏切りをも許容する自由度があるオーケストラだからである。(昨年観たのは「JAZZ ART せんがわ」でのアリスター・スペンス作品の演奏だった。⇨リンク)特筆すべきは、藤井が東京以外にもニューヨーク、ベルリン、名古屋、神戸とそれぞれのローカル・ミュージシャンで結成したオーケストラでも活動、CDを残していることだ。それぞれのバックグランドにある音楽文化の違い、地域色が出ていて、とても興味深い。

この30年間、藤井はオーケストラ以外にも、様々なユニットで活動してきた。マーク・ドレッサー (b)、ジム・ブラック (ds) とのトリオや、ケリー・チュルコ (g) が参加したユニットなどは特に強く印象に残っている。トリオやカルテットなど小編成のものは、その時々の藤井の志向によるのだろう、折々異なった編成である。『月刊藤井郷子』のこれまでのリリースのラインナップを見ると、その音楽的好奇心を表すかのように多彩だ。そして、藤井のピアノもリリカルな響きからダイナミックなサウンドまで、またプリペアードや内部奏法を駆使したりと、バリエーションに富み、その展開も一様ではない。通底しているのは音楽に対する意識の深さであり、それがピアニズムに現れている。

写真は、田村夏樹 (tp)、井谷享志 (ds) とのトリオ「This is It!」で演奏した時のもの。『月刊藤井郷子』の6作目として『1958』(Libra 203-049) がリリースされたばかりだ。井村とはトッド・ニコルソン (b) とのトリオ以降、Quartet Tobiraなどで共演している。7月10日はCD収録曲が中心の演奏だったが、CDとはまた異なる音響的・空間的な広がりを持つ演奏で、各作品がその場において完成していく、そんな過程を聴くことが出来た。またCDではわからない、どのような特殊奏法からサウンドが引き出されているのかも目のあたりにした。これはライヴならではの体験である。ところで、藤井の作品は変拍子だったり、難解な譜面だと共演者が言っているのを耳にするが、聴く側としてはすんなり入ってくるサウンドなのはなぜだろう。これは彼女の作品がロジックの組み立てだけではなく、もっと自然な発想がそこにあるからではないのだろうか。藤井が音楽理論をしっかりマスターしていることは周知のことだが、彼女にはそれをいったん忘れる、踏み外す自由さと冒険心があるといっていい。

同世代の衰えぬ創造意欲に、私はいつもその元気さを少しばかり分けてもらっている。

 

 

This is It!

 

藤井と田村は、9月にアンソニー・ブラクストンとの共演でも知られるベーシストジョー・フォンダを招いて日本をツアー(→リンク)。また、その後「This is It!」で北米ツアーを行う。

 

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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