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Reflection of Music 横井一江No. 294

Reflection of Music Vol. 87 ファラオ・サンダース

ファラオ・サンダース @メールス・フェスティヴァル1996
Pharoah Sanders @Moers Festival, May 24, 1996
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


また一人、巨人が旅立った。

9月24日、ファラオ・サンダースが家族や友人達に見守られながらロサンゼルスで永眠したとLuaka BopがTwitterで伝えた。1940年10月13日にアーカンソー州リトルロックで生まれ、享年81。

ファラオ・サンダースのキャリアを簡単に記しておこう。50年代末、オークランド・カレッジの学生だった頃から演奏活動を始め、60年代初頭にニューヨークへ移住、ドン・チェリーやポール・ブレイなど当時の前衛達と演奏を重ね、サン・ラ・アーケストラにも短期間ではあるが参加。そして、コルトレーンとの出会いがあり、後期のコルトレーン・グループで活動を共にした。コルトレーン・グループでの演奏、コルトレーン亡き後、ポスト・コルトレーンと見做されていた時代の活動はフリージャズの文脈で大きな軌跡を残している。

1990年代に入ると、ビル・ラズウエル・プロデュース作品への参加、エイズに対する啓蒙キャンペーンのための「Red Hot + Cool」というイベントに則して制作されたコンピレーション・アルバムにも名を連ねるなど、活動領域を広げた。そして、「スピリチャル・ジャズ」という切り口である種のジャズが語られるようになると、ファラオ・サンダースはこれまでのフリージャズ・ファン層とは異なった若い世代の支持も得るようになる。そのサウンドは、音楽の聴取方法が大きく変化した現代のリスナーの耳をも捉えていく。これは彼独特のフリークトーンや叫び、エモーションの中から立ち上がってくるメロディ・ラインに、どこか人を惹きつける不思議なパワーがあるからに違いない。

その活動は途切れることはなく、2016年にはNEA ジャズ・マスターに選ばれる。2020年には80歳を祝う「アナザー・トリップ・アラウンド・ザ・サン」コンサートが、エイゾー・ローレンス他を迎えて開催され、ロサンゼルスのゼブロン Zebulon から世界に向けて配信された。また、亡くなる約1ヶ月前にも息子のトモキ・サンダースと共にアボッツ・リプトン(イギリス)で開催されたWe Out Hereフェスティヴァルに出演していた(→YouTube)。

ファラオ・サンダースの訃報を伝えたLuaka Bopはデヴィッド・バーンが設立したレーベルで、エレクトロニック・ミュージックのフローティング・ポインツ(サミュエル・シェパード)とファラオ・サンダース、そしてロンドン交響楽団も参加するアルバム『Floating Points, Pharoah Sanders & The London Symphony Orchestra/ Promisis』を昨年リリースしている。ファラオ・サンダースの存在がフローティング・ポインツの音楽的探求と冒険を促したように感じただけに、余計その死が惜しまれる。ミニマルな音空間に漂う深い情感を湛えるサックスは美しく、今それを聴くと「白鳥の歌」に聞こえてしまう。ご冥福をお祈りします。

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Reflection of Music Vol. 84 ファラオ・サンダース  
(No. 242  2018年6月2日公開)

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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