Reflection of Music Vol. 96 高瀬アキ&ダニエル・エルトマン
高瀬アキ&ダニエル・エルトマン @新宿ピットイン、JAZZ ART せんがわ、ゲーテ・インスティトゥート東京 2022
Aki Takase & Daniel Erdmann @Shinjuku PIT INN, November 30, 2022, JAZZ ART Sengawa, December 1, 2022, Goethe-Institut Tokyo, December 2, 2022
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
高瀬アキとダニエル・エルトマンの新譜『ELLINGTON!』(enja yellowbird) がリリースされた。高瀬は2012年にソロピアノで『MY ELLINGTON』(Intakt) を録音しているが(→Review)、今回のデュオ作品では異なる角度からエリントン作品にアプローチしている。エルトマンとのコンビネーションがもたらす寛ぎと洒脱さに、遠い昔のハーレムに誘われるようなノスタルジアを感じながら心地よく耳を傾けている私がいた。とはいえ、<キャラバン>の現代的で即興空間を生かした各曲のアレンジ、そして<アフリカン・フラワー>で聴けるようなキラキラしたピアノの音色など、随所に高瀬らしさが表れている快作だ。
と、ここまで書いたところで、たまたま目に入った「デューク・エリントン没後50年 5月25日に四谷で上映会・トーク」(→リンク)という記事から、今年はデューク・エリントン没後50周年に当たることを知る。そこで、高瀬に今回エリントンをテーマのCDを制作した理由を尋ねてみたら、「エリントンが没後50年、ダニエルが50歳、縁起が良いと思った」からだという答えが返ってきた。
二人の出会いは20数年前に遡る。エルトマンは高瀬がハンス・アイスラー大学で教鞭をとっていた時の生徒だった。高瀬はピアノの他、アンサンブル・コースでも教えていて、その中に彼もいたのである。当時の学生の多くは、自主的にコンサートを行っていて、彼もルディ・マハールと一緒にミンガスの作品を演るなど、積極的で才能のある目立つ生徒だったという。それから暫く経った後、パリのシャルルドゴール空港で二人は偶然再会した。既にパリとベルリンを行ったり来たりしながら活動していたエルトマンだったが、ベルリンに来た時には高瀬と練習をするようになる。
高瀬は、2000年から「Plays W.C. Handy」それに続いて「Plays Fats Waller」というプロジェクトを継続させていたが、2017年頃からメンバーのスケジュール調整の難しさなどからコンサートの回数も減っていった。そのような中で、エルトマンとの出会いもあって、彼を含む若い世代の音楽家を集めて、オリジナル曲や即興演奏を中心としたグループ「ヤパーニックJAPANIC」を結成するに至る。そして、2019年に『テーマ・プリマ Thema Prima』(BMC)* をリリースした。
* この時メンバーは、ダニエル・エルドマン(sax)、DJイルヴァイブ DJ Illvibe (turntable, electronics)、ヨハネス・フィンク Johannes Fink (b)、ダグ・マグヌス・ナルヴェセン Dag Magnus Narvesen (ds)
ところが、2020年に入るとコロナ禍で活動がままならない時期が来る。その間もエルトマンとは毎週オンラインで練習を続けた。そのような中でデュオのアイデアも浮かび、二人が曲を持ち寄って練習を続けたことが、2020年録音のCD『Isn’t It Romantic?』(BMC)制作に繋がった。高瀬はこれまで様々なデュオ・プロジェクトを行なってきた。サックス奏者ではデイヴィッド・マレイ、ルディ・マハール、ルイ・スクラヴィスとの名演が残されている。高瀬がエルトマンに惹かれた理由を聞いてみたところ、「彼の音への柔軟性と音色について非常に繊細であること、JAZZと完全即興演奏の両方に非常に興味があること」だと語っていた。それは第1作の演奏、時に叙情的、ロマンティックでありながらも現代的な表現や即興にもよく表れている。よく高瀬は、デュオにおける即興演奏の展開では、各々が引き出される面白さ、1+1が2以上のものになる醍醐味があると言う。そして、それを巧みに引き出している。
ここでダニエル・エルトマンについて、紹介がてら少し書いておこう。フォルクスワーゲンの本社があるヴォルフスブルグに生まれ、1983年からサックスを始め、ハンス・アイスラー大学ではゲバルト・ウルマンにサックスを学んでいる。その後、2001年からベルリンとパリを行き来して活動、現在はパリ近郊のランスに住む。その関係か、フランス人ミュージシャン、ハッセ・プールセン (g) とエドワード・ペロー (ds) とのバンド「ダス・カピタル Das Kapital」で活動、またヴァンサン・クルトワ (cello)、アンリ・テキシェ (b) などと共演してきた。近年、テォ・チッカルディTheo Ceccaldi (vln, viola)、ジム・ハート (vib)と「ダニエル・エルトマンズ・ヴェルヴェット・レヴォリューションDaniel Erdmann’s Velvet Revolution」を結成、2016年に第1作『A Short Moment of Zero G』(BMC) を録音、この作品はドイツ批評家賞とエコー・ジャズ賞を受賞、2019年に2作目となる『Won’t Put No Flag Out』(BMC)をリリース。2020年には第1回ドイツジャズ賞を木管楽器部門で受賞、ちなみに同年のドイツジャズ賞ピアノ部門は高瀬アキが受賞している。また、昨年はヴェルヴェット・レボリューションの3作目『Message in a bubble』(BMC)、ヴァンサン・クルトワ (cello)、ロビン・フィンカー (sax, cl) とのアルバム『Nothing Else』(BMC) の他、彼が参加した高瀬アキ『カルメン・ラプソディー Carmen Rhapsody』(BMC) やポルトガルのベーシスト、カルロス・ビカ『Playing With Beethoven』(cleen feed) が次々とリリースされるなど、精力的な活動をしており、2024年度ドイツジャズ賞では最優秀ライヴ部門で高瀬アキとのデュオがノミネートされた。サックスの技量ということでは、表情豊かでテクニック的に素晴らしいのだが、それを感じさせずにさらりと聴かせてしまうところが凄い。
先日、ダニエル・エルトマンも参加している高瀬アキ「ヤパーニック JAPANIC」の新作『フォルテ FORTE』(BMC) がリリースされ、近々国内盤仕様でも発売される予定である。この作品では、ベースがヨハネス・フィンクからカルロス・ビカに代わり、トロンボーンの名手ニルス・ヴォグラムとアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハがゲスト参加、それぞれ一曲づつフィーチャーされている。このバンドではヴィンセント・フォン・シュリッペンバッハ(DJイルヴァイブ)のターンテーブルが入っていることで、よりサウンドの豊かさが増し、音空間が広がった。その演奏からは、タイトルのフォルテという言葉が象徴するような毅然とした強さと前向きな姿勢が汲み取れる。困難さが増す時代になりつつあるが、私はこの演奏から元気をもらったのだった。
最後に、10月には高瀬アキがエルトマンを連れて帰国、岡崎、東京、甲府、新潟、熱海でデュオ、また日本人ミュージシャンを加えた編成で演奏する予定であることを付け加えておこう。
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