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GUEST COLUMNR.I.P. ジョージ大塚No. 265

ジョージ大塚さん追悼「ジャズ・ライブ初体験」

text by Shuhei Hosokawa  細川周平

 

前号(264号)の『Jazz Tokyo』を読んで初めてジョージ大塚さんの逝去を知った。一ヵ月遅れではあるが、ぼくのジャズ・ライフに最初に火をつけた一人として、ここに敬意を込めて追悼したい。

1969年11月28日金曜日、藤沢市民会館小ホールにジョージ大塚トリオがやってきた。ラジオ・マニアの中学三年生が生まれて初めて行くライブだった。寺川正興(ベース)、市川秀男(ピアノ)とのトリオで、曲目を日記に記録している。「ページ1」「過ぎし夏の思い出」「オーバー・ザ・レインボウ」「いそしぎ」「B3」「すいりゅう」「枯葉」「ホット・チャー」「フール・オン・ザ・ヒル」など(誤記にはご容赦を)。「知ってる曲ばかりでよかった」と書いている。FMラジオつきのステレオにオープンリールのテープレコーダーをつけて、何でもかんでもエアチェックしていた。トリオがタクト・レーベルに吹込んだ「ページ」シリーズ収録曲もあるが、中学生はまだ何も知らない。

「最も印象的なのは『B3』『すいりゅう』『ホット・チャー』のエレキ・サウンド」で、生で聴くエレキ・ベースに一番反応した。「ニューロック的要素もあり、とてもエキサイティング。アンプの力を借り、ガンガンさしたり、ギーーーンとだしたり、すごかった。俺の耳にピーンときた」(「俺」で日記を書いていた)。アンプを通した音楽を生で聴くのは初めてで「うちじゃこう大出力じゃきけないからね」とまず音量に圧倒された。市川のコンボ・オルガンをドアーズの延長のように聴いたはずで、変調装置を使ったサイケなサウンドに心奪われた。ニューロックからジャズに好みが変わる過渡期で、トリオのライブはジャズ側に大きく踏み出す決定的な一歩だったと今にして思う。

あいにくドラマーについての記述はごくわずか、「ドラムスにつけてある鈴、トライアングルはおもしろい音がする」しかない。標準セットの他に、各種パーカッションをつけるのがはやりで、渡辺文雄や日野元彦や富樫雅彦も試していたはずだ。ドラムセットを楽器屋以外で見たのもたぶん初めて。思い出すに、ジョージさんはヒッピー調ゆるゆるファッションだったはず(ウッドストックの年なのだ)。寺川は「Gパンに赤のハイネック」とはっきり書いているので、ミュージシャンの衣装も目に鮮やかだった。ラジオでは見えない。家で聴くのとは音量も存在感も違う。「生というのは実に迫力がある、これからも・・・」で、興奮の一夜の日記をまとめている。ライブ通いをするのはずっと先だが、この日が始めの一歩だった。

実はその一週間前、11月22日の日記にはこうある。「G・大塚トリオ。先週吹きこんだものをきいてみる。一回目に再生した時よりも感動した。曲がすごく美しいメロディーを持っていて、親しみやすい。一番のきかせどころは市川秀男のピアノ、すごくいい感覚、フィーリング。日本のジャズコンボとして一位にあげられる」。ナベサダ、ヒノテルよりも上に評価している。だから翌週のコンサートに「期待、ますますふくらむ」。その期待は見事にかなえられた。

50年以上前の一夜、人気トリオにとってはびーた(旅)の一日にすぎなかったかもしれないステージを、会場最年少の客は今でも忘れていない。

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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